2 乳母
廊下を出てみると、窓辺にマーヤが座っている。絶え間ない涙によって、彼女の頬は雨に打たれたように濡れていた。腕に抱えられた赤子は、マーヤの頭巾を訳も分からず掴んでいた。私は布を渡し、すぐにロライトを抱きかかえに行く。マーヤは小さくしゃくりあげて「お嬢様っ……」と言った。
「さ、サフィラス様がっ。なんでこんなことにっ」
「みんなを笑顔にするためなら。無茶する人だったでしょう」
そのとき、赤子が手を広げた。私の髪を掴んではぐいと引っ張り、口に入れようとする。
「イタタ。食べ物じゃないわよ、ロライト」
注意しても、ロライトは髪を放さなかった。この状況がまるでわかっていないような無邪気さだ。
「赤ちゃんって、こんなに小さいのね。でも思ったより、腕の力がいるわ。水瓶より重いんじゃないかしら」
「もう乳離れしてますからっ。抱っこも難しくなっていきますよ」
乳母として長いマーヤも、赤子の世話で難しいと思うことはあるらしい。私はマーヤに肩を寄せた。
「この顔、見て。あなたのこと大好きなのね。こんなに楽しそうに笑って」
ロライトは背をのけぞらせていた。落ちないよう、必死に支えるものの、抱き方が間違っているのか、腕が変に笑う。しかし腕の具合など気にするどころか、赤子は気が逸れたように、私の肩口へ視線を外していく。
窓から見える中庭に、サフィラスの馬が戻ってきていた。兵士が静かに鞍を外している。馬は何度も城門の方を振り返るが、兵士は鼻筋を撫でて厩に連れて行こうとしていた。馬の行きたい先は、小道のはずれにある墓なのだろう。頑なに踏ん張る軍馬を、兵士の誰かが「もう帰ってこないぞ」と言った。馬は理解したように首を垂れる。
乾いた風が廊下を抜けた。ロライトの折れた袖を伸ばす。まだ毛がしっかり生えていないようで、髪は薄くやわらかい。まるで麦穂のようでこちらの心までくすぐられる。
「サフィラスならきっと、あなたが泣いてる方が困るわ。こんなに可愛い赤子を、置いて行ってしまったんだもの。マーヤのことをサフィは誰より信頼していたんだから」
「……そうですね」と、マーヤは終わりかけの鼻水をすする。
それから気持ちが切り替わったように、「あの方がサフィラス様の代わりなど……」とハンカチを握っていた。
私の腕から、彼女は赤子を持ち直すとそのまま立ち上がる。
「夕食の前ですが、チーズケーキをお出ししますよ。お部屋でゆっくりなさいませ」
彼女は気丈にもロライトには笑いかけていた。




