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毛布

後日も、私は木炭を手にして部屋を出る。廊下でマーヤが声をかけてきた。


「呑気に出歩いていないで、旗はどうしたんですか、旗は」


「図案を作る資料を、集めているところよ」


「今から!?」


素っ頓狂な声が廊下中に跳ね返った。


「いくら何でも遅すぎますよ。奥様のことですから、とっくに作るものなんて決まっていると思っていました。あの子、クロリスでしたっけ。その子から、奥様が旦那様の姿をどう旗にするか、決まっている感じだって、安心していたんですよ」


「クロリスったら、また誤解しているわ」


「しかし奥様は、ここ最近、マーヤと顔を合わせてくれませんし。村の方々とも、ほとんど会わずにいるではないですか」


それはなんとなく避けていたせいだろう。オルグレイドに対する侮辱のような発言を聞いて以来、話し方を割り切れていなかった。


「どうするかなんて、私の勝手でしょう」


「奥様の勝手でも、村の価値はお金でも決められないのですよ。奥様と旦那様の今後が、かかっているんです」


「そんなの、わかってる」


村の者たちがまだかまだかと、旗を気にしている様子は、丘の上にあるこの城にまで漂ってきている。責められるように言われても、すぐには作れない。旗なんてどうすれば良いのか、目頭が熱くなるだけだ。


「いいえ、奥様は分かっておりません。その旗の完成度にも、文句をつける人が」


不意に、マーヤの声が止まった。彼女は私の斜め上を見上げる。


「マーヤ。ネリネを貸してくれるか」


オルグレイドの声に、マーヤは咳払いをした。


「まあ、今日はこの辺で許しましょう。いつも通り夕飯は、旦那様と食べてくださいよ。マーヤがロライト様を寝かしつけるまでは、旗と向き合ってください」


彼女が食い下がる。でも恨めなかった。現実の時は残酷なほど早く流れる。サフィラスの葬儀から、もう一月は経とう。マーヤが抱えるロライトを思うと。オルグレイドの評判を旗でゆがめては、彼が機嫌を損ねて、赤子にまで被害が及ぶかもしれない。そうマーヤが考えているなら、私にすべてがかかってると頼ってくるのも、仕方なかった。


みんなが納得いく完璧なもの。それが私に求められる旗の完成。


「……洗濯物なら、後で洗います」


「それはもうやった。ついでに色々と……干しておいた」


「何か用があって来たのでは?」


オルグレイドがわざわざ呼びに来たのだ。また他のことを突き付けられるかと身構えたが、彼は水筒を差し出してくる。


「水が飲みたい。汲みに行ってもいいが。お前の姿がちょうど見えてな」


私は魔法を唱えた。彼の水筒の口から軽くあふれるほど満たす。


「最近、元気ないな」


「立て続けに……葬儀だの、結婚だの。続きすぎたんです。休まろうにも、休まらないんですよ」


疲れていたせいで、背筋を伸ばす意識が遅れていた。姿勢を改めるものの、お腹に力がはいらない。


「部屋、分けるか」


唐突に彼がそんな提案をしてくる。


「俺がいると落ち着かないなら。分けてもいい」


思わず首を横に振る。そういう問題ではない。それに部屋を分ければ、今度は彼が何をしているか分からなくなる。父へ監視の手紙を送るためには。

傷の治り具合も。夜中に怪しいことをせず、ちゃんと眠っているのかも。気づかれないよう近くにいる必要があった。


「そのうち、どうにかなります」


夕飯の席も終わり。寝室で図案をどうしようかと、ぼんやり考えていた。

これと言って、決定的なものが浮かばない。肩打ち儀礼の姿が良いと思っていたけれど。彼の姿を描いた旗を見て、今の村の人たちはどう思うだろう。


とうとう村が火の民に乗っ取られた。私が火の民の旗を作ったのは、オルグレイドと結託したからだ。

そんなあることないことを言われては、旗を作ることの方が危険になる。そう思っていると、背後で影が広がった。


「今晩からはこれを使おう」


振り向くと、彼は毛布を広げていた。


「どこで手に入れたの?」


「これは昔、俺が使ってたやつだ」


広がった毛布をつまんでみると、上質な獣皮でできている。私がボニーに取られたものより厚い。


「安心してくれ。ちゃんと干してある」


「虫はなさそうですけど……こんな高価そうなもの。普段から使っていたら、傷みますよ」


彼の身の丈をすっぽり覆うほどの毛皮。その貴重な私物を貸してくれるのは、ありがたいが。


「持っていても、寒いってときがねえんだ」


それだけ彼は自分の体温が高いわけだが。寝台に整えてくれると、私は早速入り込んだ。温かい。それに毛皮の肌触りが申し分ないほど心地いい。ただ、少し鼻が気になる。


「これ……あなた様の匂いがします」


嗅いでいると、くすっと笑いが漏れた。あまり使っていないという割には、しっかりとその匂いが残っている。


「汗臭かったら……洗う」


「このままで、構いません」


不快さなんて微塵も感じなかった。晴れた日に干す、洗濯物の匂い。その人が普段から使うものについた匂いは、生きた痕跡のようで、真新しい毛布より好きだった。


「毛布……ありがとうございます」


礼だけ言うと、私は彼に背を向けて目を閉じた。

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