探し物
「ささいなことです。火の民があまりに珍しいから、囁かれているだけですよ」
「お前が気にしてんなら、俺も知る必要がある」
腕を組んで立つ彼の傍を素通りしようと思ったが、身をねじ込める隙間がない。
「誰だって自分の噂は気になるだろ」
「まったく……気にも留めないようなものです。噂なんて、根も葉もないことから、尾ひれがついて広がりますから」
「ためらってんのは、言いたいことがあるんだろ?」
「言えば、あなた様を傷つけるかもしれないのに?」
傷つける以前に、彼が怒る可能性だってある。できうる限り、角は立たせたくないが、オルグレイドは目を逸らさなかった。どうせ噂がその耳に入るのも時間の問題だ。自分にそう言い聞かせ、いっそ直接、聞かせてやることにした。
「……娼館に、通っているという噂です」
口に出した瞬間、舌がひどく重くなった。
「隣町で……あなた様がそこにいたのを見たと。村の女性たちが言っていました」
信ぴょう性のない噂。声を荒げてでも、彼は否定すると思ったが、表情ひとつ変えなかった。両手に握られる拳から、割れるような血管が腕に浮かび上がる。
「お前はその噂を……信じるのか?」
「……わかりません。でも、隣町に行ったのは、事実でした」
「ああ。行ったさ。買い物でな」
半ば吐き捨てるように言う彼が額を俯ける。
「本当にそれだけ、ですか?」
「それだけだ」
彼の手が静かにわなないた。その小さな揺れが、言葉よりも重たく見える。
「俺は娼館になど行っていない」
確固たる根拠もなく、その言葉を信じられるほど愚かにはなれない。でも、心のどこかでは信じてやりたかった。彼の手を握り、信じていると嘘でも言えたら。彼の知らない信頼を寄せてやれる。けれど、私はそんな存在にはなれない。
「通っているなら、正直にお話しください。私はそれほどのことで怒ったりしません」
厨房の隙間風が髪を揺らし、頬に張り付いて邪魔をする。
「……そんな目で俺を疑ってんのか」
私はドレスの裾を掴み、視線を合わせないようにした。心にもないことまで、言ってしまいそうだったから。
「話にならん」
その声には、怒りも悲しみも込められていなかった。ただ諦めたような響きだけが残る。それがかえって、胸を締め付けた。
けれどベッドに着けば、嫌でも隣で眠らなければならない。私は引き出しを開け、櫛を片付けたが、ふと宝石箱が目に入った。留め金が緩んでいる。箱を開けてみると中にあるはずのものがない。
「あなた様、お母様の真珠を見かけませんでしたか?」
結婚式の時につけたはずの首飾りが見当たらない。引き出しの中を一通り開けて探してみたがなかった。ベッドの下に目を凝らすが探すには暗すぎる。
「俺は何もしてねえぞ」
「でも、今朝はあったんです。引き出しの中身を少し整理しようって、掃除したばかりですから。箱の中にきちんと布で包んであったのに」
まさか、オルグレイドが娼館に行く際、持って行こうと取り上げておいたのではないか。そんな疑いまで持ち始めて、私は枕元をめくった。ベッドの溝にシーツの間に、横たわっているオルグレイドの毛布にまで手を入れる。
「探すのは明日でいいだろ。こんな夜中に探しても」
「お母様の形見なんですよ。肖像画にも描かれていた真珠です。見つかるまで寝られるわけ……」
今にも涙が落ちそうなほど目元が熱くなる。父に紫水晶を勧められていたにも関わらず、母のを持ってきてしまったのを悔やんだ。私は冷たい石床の小さな溝、絨毯の下にまで入っていないか、くまなく手を伸ばした。埃や蜘蛛の巣を払うような感触がして腕を引っ込める。オルグレイドを疑っておいて、もし彼のせいでなかったらどうしよう。そんな思いまでよぎっては、娼館に行っているのではないかと詰め寄っておきながら、オルグレイドにも探してくれと頼むのも気が引けた。
寝室の壁から壁を行ったり来たりしていると、見かねたのかオルグレイドが立ち上がる。彼は弱まっている薪火を片手にすると息を吹きかけた。命を戻したかのように炎が燃え出すと、それを片手に彼は床を照らし出す。
「オルグレイド様?」
「見つかるまで寝れねえんだろ。さっさと見つけるしかねえ」
オルグレイドは私の近くにまで来てかがみ込む。
「この辺りは最初に探しました」
「探し物が見つかるのは、意外と開始地点ってことの方が多い。もう一回、お前は引き出しを探してみろ」
「でもここにはありません。全部取り出して探しました」
すると彼は私を押し除けるように割り込み、引き出しを棚から取り出す。一つ一つ箱を開けていき、彼は影を摘み上げた。
「これじゃねえのか?」
私は息を止めた。宝石箱ではなく、薬をしまっていた箱から出てきたのだ。似たような大きさをしていたから、間違えて首飾りを入れていたらしい。
「あ……ありがとう」
「見つかっただけ良かっただろ」
彼はそういうと、暖炉に薪を投げ入れ、寝台に戻る。私は首飾りを手のひらに包んだまま、しばらく立ち尽くしていた。




