第32話 魔力暴走
「布由、右目すごく紅くなってきてる」
「右目だけじゃない!左目もだんだん紅く……」
「ふゆ、大丈夫?」
突然、何の前触れもなく布由の両目が紅く染まり、その場にいたキリカ、フェルア、凛の三人を騒然とさせた。
「ちょ、ちょとみんな落ち着いて、今のところなんともないから」
一方で当の本人はケロッとしている。
「そうはいっても急に目が紅くなったし……」
「とりあえずこういう時は保健室に行けばいいんだっけ?」
「そうね、一応目薬貰いに行った方がいいかも。とりあえず私が連れて行くよ。二人はここに居て。さっ、ふゆ行こう」
そして布由は凛に連れられ保健室まで移動する。
「失礼しまーす……って誰もいないじゃん」
保健室は薄暗く中には誰も言いない。布由は椅子に座り、凛が目薬を探す。
「あったよ目薬」
布由は凛から目薬を受け取る。
「ありがとう、凛ちゃん」
目薬を差すとたちまち、紅くなっていた目は元に戻った。
「おぉ、元に戻った。一体なんで急に目が紅くなったんだろう?」
「ねぇ、なんでだろうね」
その後、布由と凛はキリカとフェルアのもとに戻り、文化祭を最後まで楽しんだ。そして文化祭が終わり布由は、目のこともあり、そのまま家へ帰ることになった。しかし、その夜、異変は起きた。
「なんで……こん……なに……苦しっ……いの……」
布由はベットの上でうずくまり、必死で何かを抑えようとしていた。
次の日、そのまた次の日、三日たってもその苦しみが治まることはなく、今も布由の身体を蝕み続けている。
「ねぇ、キリさすがに心配だよね。もう三日も学校休んでるの。布由からなんの連絡もないし」
放課後の喫茶クロネコでフェルアはカウンター席に座り、カウンターの奥にいる、キリカに向かってそう言う。
「……そうだね」
「ねぇ、今からお見舞い行ってみる?」
「急に行ってもいいのかな……」
「だったら連絡入れてから行こう」
フェルアがそう言ってスマホを持ったタイミングだった。突然、キリカのスマホが震え、着信音が鳴り出した。布由からだ。
『もしもし、布由?』
『……助けて……キリちゃん……』
『布由?どうしたの?布由!?』
スマホ越しに布由のか弱い声が聞こえ、通話は途切れた。
「……私、今から布由の家に行くよ。緊急事態だ。フェルはセレスナさんに連絡しておいてくれる?」
「了解!」
布由から助けを求められたキリカはすぐに箒に乗って布由の家に飛んでいった。布由の家には一度しか言ったことがないが、すぐに場所が分かった。なぜなら異様に魔力があふれていたからだ。
「どうなってるの、これ……もしかして……玄関の扉が開いてる、とにかく布由のところに行かなきゃ」
キリカはそのまま布由の家に入っていった。家の中は、特に変わったところはないが、所々物が投げ飛ばされたかのように散乱していた。魔力もだんだん濃くなる。そして布由の部屋に近づくにつれ疑惑が確信に変わる。
「布由の身体は今、魔力暴走を起こしてる。でもなんでこんなに魔力があふれて……布由が誰かに何かされた?」
魔力暴走。それは、体の中を流れる魔力に異常が起こり自分の意識と関係なく、魔力が尽きるまで魔法を発動し続ける症状だ。ただ布由の魔力量は極めて少なく、たとえ魔力暴走が起きても魔法を一回使うだけで魔力切れを起こし、そこで魔力暴走は終わってしまう。であるならばなぜ布由はここまでの魔力暴走を引き起こしているのか。それはきっと外的要因にあると、キリカは考えた。
「ここが布由の部屋……」
キリカは扉を開ける。そこに広がるのは、床に散乱する衣類や倒れたイス。魔力暴走により、勝手に発動している、物を浮かせる魔法、ルワトルで本やインテリアが浮いている。そしてなぜか、布由を抱きかかえている坂本凛がそこにいた。
「思ったより来るのが早かったね」
布由を抱えた凛はキリカの方に振り向く。
「なんで坂本さんがここに……」
「なんでって、あなたから布由を取り返すために決まってるでしょ?キリノルワ・カルトリアさん」
偽名の黒華霧ではなく真名、キリノルワ・カルトリアで呼ばれ、キリカの背筋は凍った。
「どうして私の名前……あなたは何者なの?布由になにしたの?場合によっては、あなたを……」
「殺すの?」
冷たい目でキリカを見る。
「やめておいた方がいいよ。それに布由を巻き込んじゃうかもしれないし」
「大丈夫。私の魔法は、誰も傷をつけないから」
「へぇ……」
そしてキリカは杖を取り出し極位魔法【ストルレイ】を唱える。極位魔法【ストルレイ】は物を浮かせる魔法ルワトルの派生魔法であり、魔力消費は激しいがその効果は対象のスピードを極限まで遅くするといったものだ。今回の対象は凛と布由の二人。キリカは【ストルレイ】を受け動きが極限まで遅くなった凛にゆっくり近づく。
「さて、布由から手を放してもらいますよ」
そう言ってキリカが手を伸ばしていると、床に光る何かを見つけた。キリカが目線を床に向けた瞬間、その床からナイフが勢いよく飛んできた。幸いにもキリカはナイフが当たる寸前で反射的に避けることができた。
「あーあ、残念。当たったと思ったのに。てか、なんで今の避けられるのよ」
極位魔法【ストルレイ】を受けているはずの凛が何事もなかったかのようにしゃべり、動き出す。その姿を見てキリカは唖然とした。
「なんで、動けて……」
「それはね、闇市で買ったこのペンダントのおかげなの」
凛は首にかけていた紫色のペンダントをキリカに見せる。
「このペンダントはね一回きりだけど、他者からの魔法を無効化するんだよ」
「だったらもう一度……」
「そう、もう一度魔法を使えば私に効果がある。だけど使えないでしょ?魔法」
「嘘、使えない……なんでもう魔力がないの?……もしかしてこれも、そのペンダントの力?」
凛が言った通りキリカは二回目の【ストルレイ】が使える量の魔力が無くなってしまっていた。
「正解。このペンダントすごいよね。魔法を無効化して、相手から半分も魔力を吸っちゃうなんて。でもこれ最後の一つだったのに、もう壊れちゃった。やっぱり安物はだめだね、もっとちゃんとしたやつ買わなきゃ」
凛は残念そうに、効果を失いひび割れたペンダントを見る。
「でも【ストルレイ】が使えなくてもまだ別の魔法が……」
キリカは杖を強く握った。
「無駄だよ」
凛は天井に刺さったナイフを呼び戻し、布由にナイフを突きつける。
「それ以上近づいたり、魔法を使えば残念だけど布由が傷ついちゃうよ。嫌でしょ?布由が傷つくの。大人しく杖をしまって」
冷たい目をした凛はキリカを脅す。
「……わかった」
キリカは苦い顔をしながら凛の指示に従い杖を床に置いた。
「よろしい。じゃあ私はもう行くよ。布由が目を覚ます時の光景がこんな散らかった場所だといけないからね。じゃあね、黒華霧さん」
凛はそう言い残し布由を抱えたまま、キリカの前から姿を消した。その後、キリカは力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「キリ!」
数分後、フェルアが布由の家に到着し、布由の部屋にいる放心状態のキリカを発見した。
「キリ!しっかりして!キリ!」
「フェル……?」
「そうだよ、キリの幼馴染のフェルア・エトリアだよ」
フェルアの必死の呼びかけに何とかキリカは返事を返す。
「それで布由ちゃんは?ここ布由ちゃんの家なんだよね?」
「あ……あぁ……布由は、布由は連れていかれちゃった……」
「誰に?」
「坂本……凛に……」
「凛ちゃんに!?なんで!?……いや、考えるのは後にして一旦、キリを連れて帰らなきゃ」
フェルアはキリカ肩を担ぎ、森の中の喫茶店クロネコに帰っていった。




