第14話 初めてのアルバイト
「そろそろお店開けるよ、布由」
「……うん。いつでも大丈夫だよ」
日が沈み切った頃、キリカの合図で森の喫茶店、クロネコが開店した。布由は緊張した面持ちでじっと扉の方を見つめていた。
「布由、緊張してるの?」
後ろからキリカに声をかけられる。
「私、お店で働くの初めてだし、それに……」
「それに?」
「それに、キリちゃん以外の魔女とか、よく知らない異形とか怖くて緊張してるんだよね」
丸いお盆を両手で抱え布由はそうつぶやいた。
「大丈夫だよ布由。いつも通り笑顔で堂々としてればいいんだよ」
そう言ってキリカは布由を励ますように笑顔を見せる。その笑顔を見た布由もつられて笑顔になり緊張が少し和らいだ。そしてついに店に異形や魔女、小動物が客として店に訪れ始めた。
「い、いらっしゃいませ」
布由の声が店の中に響き渡る。布由は見慣れない異形にも臆することなく接客をする。
「オマエ、ニンゲンダナ?」
「は、はいそうですけど……」
「……ソウカ、ツイニコノモリニモ、ニンゲンガクルヨウニナッタカ。ヨイジダイニナッタナ」
背が高く声の低いシルクハットをかぶった男の異形はそう言い、開いている席へ座る。
「布由、この料理四番テーブルに持って行って」
「はーい」
キリカの作ったおいしそうな料理を丸いお盆に乗せ、料理を運ぶ。
「布由、次はこれをお願い。量が多いから注意してね」
次にキリカから渡されたのは深皿にもりもりと盛られた、たくさんの種類の木の実だった。その木の実を運んだ席にいたのは小鳥やリスといった小動物たちだった。それを見た布由は思わず驚き声を漏らしそうになったがぐっと抑え込み足早にキリカの下へ戻っていった。今日はやけに客の出入りが多い。
「大繁盛だねキリちゃん。いつもこれを一人で回してるの?」
「お疲れ布由。いつもはこんなにお客さん来ないんだけど布由のうわさを聞いて集まってるみたいだね」
「うわさ!?一体どこから」
「多分、あの花屋さんか精霊だと思うよ」
「精霊なんているんだ。私、視えないよ」
「精霊は自分が認めた相手にしか姿を見せないんだ」
キリカは皿を拭きながら戻ってきた布由と話していた。それから客が少なくなるまで布由は一生懸命に働く。そして布由が空き皿を運んでいるとひとりの魔女が店にやってきた。
「いらっしゃいませ」
布由はもう慣れてきたのかスムーズに笑顔で挨拶をする。
「もしかしてあなたがキリの友達の人間さん?」
魔女は布由に近づき顔を覗きながらそう言った。
「……そうですよ」
「名前は?」
「泉布由って言います」
「いずみふゆちゃんね、ふーん」
魔女は腕を組み目を細めてジロジロ布由を見る。
「なんなんですか、あなた。さっきから私の事ジロジロ見て」
「ごめん、ごめん。キリの友達って聞いてたから気になっちゃって」
魔女は布由から一歩引いて軽く謝る。そしてその魔女はキリカの前のカウンター席に座る。
「フェル。あんまり布由をからかわないでね」
キリカは布由に話しかけていた魔女フェルアに声をかける。
「見てたんだ」
「フェルが布由に何か、しないか不安だったからね」
「何もしないよ」
フェルは笑顔でそう言い、客のいなくなった机を拭いている布由を眺める。
「ところであの布由ちゃん、人間なのによくこの森の中に長時間入れるね。この森に入った人間は短時間で魔力酔いになって倒れちゃうのに」
「布由には特別なネックレスを作って渡してるからそれのおかげかもね。それか布由自身に少量だけど魔力があるからそれかも」
そのネックレスは、キリカが布由に初めて作ったキリカの魔力を込めたネックレスで、この森の中に入るカギでもある。そのネックレスに込められたキリカの魔力のおかげで布由は魔力酔いを起こさずにいるのかもしれない。
「キリちゃん、片づけ終わったよ」
「ありがとう。もうお客さんも少ないから後は休憩していいよ」
「休憩するならちょっと私と話さない?」
フェルアが布由を隣に座るように誘う。
「あなた、さっきの……」
布由は警戒するようにフェルアを見る。
「そんな威嚇する猫のような眼で見なくても私は何もしないよ」
「本当ですか……」
「本当だよ」
「安心して布由、私が居る限り布由には手出しさせないから」
「キリちゃんがそう言うなら……」
布由は慎重にフェルアの隣に座る。
「そういえばまだ名前を言ってなかったね。私はフェルア・エトリア、よろしくね布由ちゃん」
フェルは優しい笑顔で挨拶をしキリカから貰ったカフェラテを一口飲む。そして布由に質問を投げかける。
「ところで布由ちゃんはどのくらいの頻度でこの森、喫茶店に来てるの?」
「ほぼ毎日ここにきてますよ。この時間にいるのは初めてですけど……」
「何か体に変化はない?めまいがしたり急に眠くなったりとか」
「無いですよ。むしろここにいると体調が良くなるんです」
楽しそうに答える布由とは対照的にフェルアは険しい表情を浮かべる。本来この森の中に入った人間は魔力酔いを起こすのに対し、布由にはそれが効いていない。それはひとえに、キリカの作ってくれたネックレスのおかげなのかもしれないがフェルアは、そうは思わなかった。ただの人間が長時間それも、ほぼ毎日この森に留まれるはずがないからだ。
「布由ちゃん。ちょっと手を出してくれる?」
「手ですか?」
「うん。ちょっと確認したいことがあるから。もちろん変なことはしないから」
フェルアの言葉を信じ、布由はそっと手をフェルアの方に向ける。そしてフェルアは布由の手を両手で握ぎり魔力を込め始めた。しかしフェルアの魔力は何かに弾かれてしまう。もう一度試してもやはり弾かれてしまった。
「……やっぱり」
「どうかしたの?フェル」
「布由ちゃんがこの森に長時間居られる理由がわかったよ」
フェルアはちらりと布由の方を見る。
「布由ちゃんは外部から魔力を体に通さない体質なんだ。だからこの森に長時間居ても魔力酔いを起こさなかったんだよ」
「魔力酔い?」
「この森に掛けられている結界みたいなものだよ。人間がこの森に入ると本来魔力が通ってない体の中に大量の魔力が流れることで起こる症状だよ」
首をかしげる布由にキリカは魔力酔いの説明をする。
「それに布由ちゃんの身体を流れる少量だけど魔力は私達より強力だよ。だから頑張ればちょっとの魔力だけでいろんな魔法が使えるかもね」
そう言ってフェルアは席を立った。
「それじゃあ私は帰るから」
「もう帰るんだ。もしかして布由に、会いに来ただけ?」
「そうだよ、師匠が見て来いってうるさくてね」
そしてフェルアは外に出て箒にまたがり、夜空に飛んでいった。それからしばらく経った後、喫茶店に客はいなくなり閉店の時間がやってきた。キリカと布由の二人は店の掃除と後片付けをしながら楽しく話している。
「もう夜も遅いけど、どうする?泊っていく?」
「是非お泊りしたいところだけど、さすがに家に帰らないとお母さんに怒られそうだから帰るよ」
布由は残念そうにそう言った。するとキリカは手をポンッと叩いてある提案をした。
「だったら私、布由の事家まで送るよ。外は真っ暗だからその方がいいでしょ?」
「いいの?ありがとうキリちゃん!」
二人は店の中の掃除を終わらせ店の外に出る。
「さぁ、乗って布由」
キリカは箒にまたがり、布由に後ろへ乗るよう指示を出す。
「え!箒に乗るの!?誰かに見られない?」
「大丈夫だよ。夜中だしみんな寝てるよ」
「キリちゃんがそう言うなら……」
そう言い布由はキリカの後ろに座った。
「しっかり掴まってね」
キリカがそう言うと箒は浮かび上がり空を飛び始めた。
「すごい!飛んでる!」
どんどん高度は高くなり、あっという間に喫茶店が小さくい見える高さまで上昇した。
「布由、家はどの辺り?」
「えっと、あっちの方かな」
布由は指をさして自宅の方向を教える。満天の星空の下、二人の少女はゆっくりと空中散歩を楽しんでいた。
「ねぇ、キリちゃん。私もいつかこうやって飛べるようになるかな?」
「布由なら絶対飛べるようになるよ」
「じゃあ私が飛べるようになったら別々の箒で一緒に空飛ぼうね」
「うん、約束だよ」
そしてあっという間に布由の自宅に着き、楽しい時間が終わってしまった。
「ありがとう、キリちゃん送ってくれて」
「こちらこそ今日はお店手伝ってくれてありがとう。ゆっくり休んでね布由」
こうして布由の初めてのアルバイトは終わった。




