第13話 雨降る森の喫茶店
「ルワトル!」
森の中にある魔女のキリカが経営する喫茶店クロネコで制服を着て杖を持った布由がそう口にするとカウンターにあるビー玉がふわふわと浮かび始める。だがそれを維持できずにすぐに地面に転がり落ちてしまう。けれど布由は嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「キリちゃん、今の見た!ちょっとだけどビー玉を浮かせられたよ」
布由は目の前でカフェオレを淹れてくれている魔女のキリカに声を弾ませ報告する。
「ちゃんと見てたよ。魔法の練習を始めてまだ二週間なのにもう物を浮かせられるなんてすごいよ布由」
「たくさん練習したからね」
布由は杖を置いて得意げにそういう。布由が今練習している、ルワトルという魔法はものを浮かす基礎となる魔法で、箒で空を飛ぶ前に習得しなければならない基礎魔法である。
「だけど私にもう少し魔力があればもう少し長く浮かせられたのに」
「布由はまだ人間なんだからそんなものだよ」
そう言ってキリカは淹れたてのカフェオレを魔力を使い切った布由に渡した。布由の体の中に流れる魔力は、ごく僅かなためすぐに魔力切れを起こしてしまうのだ。
「それにしても雨、やまないね」
窓を向き布由は降り続ける雨を眺めそうつぶやく。
「予報ではまだ降るみたいだよ」
「えーじゃあ、まだ外には出られないんだ……」
「そんなことないよ。いい機会だしちょっと外に出てみようか」
そうつぶやく布由を見たキリカは布由の手を引き喫茶店の扉を開けた。そしてキリカが一歩外に出るとまるで時間が止まったように雨が一粒一粒ゆっくりと落ちていく。
「なにこれ!?キリちゃん、これどうなってるの!?」
「これはね、ルワトルから派生した極位魔法ストルレイって言う魔法で、対象のスピードを極限まで遅くする効果があるんだよ」
超精密極位浮遊魔法ストルレイ、この魔法は浮遊魔法を極限まで極めた者しか扱うことのできない最上級の魔法である。その魔法をキリカは十二歳という若さで習得し、瞬く間にその名を魔法界に響き渡らせたのだ。他にもいくつか極位魔法を習得しているキリカはいつしか極位の魔女と呼ばれるようになっていた。
「そして面白いのは、この魔法は浮遊魔法だから下に落ちる雨粒を上に押し上げることもできる」
キリカが杖を空に向けるとたちまち雨粒は上に登り始める。そしてキリカはもう一度杖を空に向け、今度は円を描き杖を地面に向けるとキリカの頭上には雨粒が落ちずその周りだけいつものように雨粒が降り落ちている。
「キリちゃん私、凄すぎて開いた口が塞がらないよ。これが本当の魔法なんだね」
「どう、布由。この魔法を使ってこの周りを散歩しない?」
「うん行く」
布由はキリカの隣に移動し二人は傘を差さずに雨の中を歩き始める。二人はまず四匹の鯉が泳ぐ池に向かった。雨の中を泳ぐ鯉たちは晴れの日より幻想的に見える。
「布由は鯉にご飯あげたことある?」
「うんん、無いよ。それに恋を見たのはここに来た時が初めてだったから」
「じゃあ、これ。鯉が食べやすいようにちぎってあげてみて」
キリカは布由に食パンを渡した。
「食パン!?鯉って食パン食べるの?」
「食べるよ。他にもキャベツとか食べるよ」
「そうなんだ。以外と鯉ってなんでも食べるんだ」
布由は貰ったパンをちぎってその欠片を鯉のいる池に投げ入れると、それまで静かに泳いでいた鯉が群がりそのパンの欠片を奪い合うようにバシャバシャと暴れる。
「うわっ!びっくりした……」
「アハハ、はじめはやっぱりびっくりするよね。私もそうだったよ。ほら早く次を上げないとまた暴れだしちゃうよ」
それから布由は何度かパンをちぎっては池に投げ入れていた。そしてパンを食べて満足した鯉は再び静かに広い池の中を泳ぎ始めた。次に二人は一本の桜の木に向かった。
「もう六月なのにまだ桜咲いてるんだ」
「桜がきれいだからずっと見ていたくて時間干渉魔法をかけてあるの。だからこの先十年は咲き続けるよ」
キリカは桜の木を見上げながらそう言った。
「布由は何か好きな花とかある?」
「私はガーベラっていう花が好きだよ」
「じゃあその花をこの桜の木の周りに植えよう」
二人がそんな会話をしていると突如どこからか黒いモヤのかかった長身の人の様な何かが近づいてきた。
「何、あれ……」
突如現れた得体のしれない人の様な何かに布由は怖がり、キリカの腕をつかんでピタリと体を密着させた。
「大丈夫だよ布由。あの人は花屋さんだから。こんにちは、アルフェリアさん」
そう言ってキリカは手を軽く降り歩み寄る。
「……極位の魔女、なぜ人間がこの森にいる」
黒いモヤに包まれたアルフェリアは人間である布由を警戒するようにキリカに尋ねた。
「彼女は私の大事な友達だよ。それに人間だけど魔力を持ってるの」
「……そうか、人間の身でありながら魔力をもっているか。……危険ではないのか?」
「大丈夫。危険じゃないよ。安心して」
「……極位の魔女がそう言うなら信じてみよう。それで今日は何を買うんだ?」
「ガーベラっていう花をこの桜の木の周りに四十本ほど植えて欲しいの」
「承知した。では咲かせよう。【フロラケルセト】」
アルフェリアがそう唱えるとピンク、赤、黄、オレンジといった色とりどりのガーベラが、一瞬にして桜の木の周りに咲いた。
「おー綺麗だ。ありがとうアルフェリアさん。これお代ね」
キリカはお金の入った布袋をルフェリア渡した。
「……確かに受け取った。ではワタシはこれで」
キリカからお題を受け取ったアルフェリアは黒いモヤがさらに濃くなり姿を消した。
「キリちゃん、あの人は一体何なの?花屋さんとか言ってたけど……」
「さっきの花屋さん……アルフェリアさんは、異形って言う人ならざる者なの」
「なんでそんな異形がここに来たの?」
「そうだね、その話はいったんお店に戻ってしようか。布由にはここのことを知っておいてほしいから」
「うん。わかった」
そして二人は小雨が降る中、喫茶クロネコへ戻っていった。そこでキリカは布由になぜ異形がこの森に来るのかの説明を始めた。
「昔から魔女と異形の間では取引や情報交換が盛んだったの。そして今でも夜になるとこの森で人間界にいる異形や魔女、それ以外にもいろんな人が集まって取引や情報交換が行われているの。そもそも、ああいった異形は本来人間には見えないはずなんだけど布由は魔力を持ってるから視えちゃったんだね」
「じゃあこの喫茶店も夜になったらそう言った人たちが集まるってこと?」
「そうだね」
「……」
それを聞いた布由はしばらく何かを考えこむように黙り込んでしまった。
「ねぇ、キリちゃん」
「なに?」
「今日は夜になっても居ていい?この目でどんな異形や魔女が居るのか見てみたいの。それにもっとここのことが知りたい。お店も手伝えることがあったら何でも手伝うから」
それは人間でありながら魔力を持ってしまった布由が決めた覚悟だった。
「……分かった。でもこれだけは約束して、異形や魔女を見ても顔に出して驚かないこと。これを守れるなら居ていいよ。むしろ布由ならずっと居て欲しいな……なんて」
「ありがとうキリちゃん!絶対に約束は守るよ!」
キリカの最後の言葉をかき消す勢いで布由は立ち上がりキリカの両手を握ってうれしそうに、そう言った。
「とりあえず二階に上がろうか。布由に似合う和服を作らないと」
二人は二階に上がりキリカは布由の和服を創るため採寸をはじめるのだった。そして和服の素材に魔法をかけるとあっという間に布由の水色和服が完成した。完成した和服を布由に着せた。
「和服、初めて着たよ……」
「似合ってるよ布由」
鏡を見ながら布由はそうつぶやいた。
「開店までは何をしておけばいいの?」
「そうだね、お店の中の掃除をお願い。私は料理の仕込みをしておくから」
「分かった!」
こうして二人は一緒に異形や魔女が立ち寄るお店、喫茶クロネコが開店準備を始めるのだった。




