4 エービス
俺の前に一人の行商人がひれ伏している。
その顔は全裸の眷属達にタコ殴りにされた為に赤黒く腫れ上がっている。
元の顔は判別不能だ。
「名前は?」
「エービスと申します主様」
若干くぐもった声だが、腫れ膨らんだ唇から出る声はなんとか聴き取れる範囲の声だ。
「格好からすると行商人で間違いないな?」
「はい」
以前の経験からすると、情報収集が侵略の鍵となってくるだろう。
行商人というからには、ある程度の地理、経済、文化などに精通していると思われる。
「俺はまだこの世に誕生して日が浅い、目的は世界を侵略していく事だが、如何せん何も情報がない、お前の知っている、地理、経済、文化などの情報を簡単でいい、教えてくれるか?」
「わかりました。お聞き苦しい点はあるかと思いますが、そういう事情でしたら、簡単ではありますが、私の知る限りの情報をお教えしましょう」
ひれ伏すエービスを取り囲むように他の眷属が立っている。
「みんなも、補足などあればどんどん補足してくれ」
各々が俺に頷く、了承の意ととってエービスに話を促す。
「では、始めてくれ」
「はい、ではまずこの村の位置や状況から説明します。この世界は魔王デリスが支配するデミアスとエルス王が支配するテレンスとの2つに別れております。それぞれの国は、さらに東西南北の領地に分割されており、領主が支配しております、デミアスの北西とテレンスの南東が国境となっています」
「ふむ、で、この村はどの辺にあるんだ?」
「テンレスの北西、エルニアの森近くのゾニの村でございます。森向こうの港町ネシアから首都テンレシアまでの街道沿いにある村でございます」
「ようは辺境の村って事だな」
「さようでございます」
「分かる範囲でいいのだが、経済的にはどうなのだ?」
「はい、初代のエイギル王が魔王デリスと交わした停戦条約により、現在は100年近くは両国の争いはありません。ですが、両国共に鎖国状態であるために、デミアスの国内情報は分かりません。テンレスに関しては、エルス王は父であるエイギル王のような武勇はありませんが、その代わり法律や税制などを大きく改革し、その知でもって国を良くまとめております」
エービスの話を遮るように、ここで村の爺が発言する。
「儂らのような辺境の村では、その税制改革とやらで、働き手は都会に出て行ってしまったがな・・・今年の冬は越せんと思っておったところだ」
続いて野盗頭のドドリスが発言する。
「俺達だって元はギルドに加盟して冒険者をやってたんだ、それが冒険者にも重税をかけてきたお陰で脱税の罪で追われる身になっちまった。富裕層の奴らは治安が良くなった、生活が良くなったと喜んでいるが、俺達のような底辺の層は生活が一気に苦しくなってこうやって法を犯して生活しなきゃならなくなっちまったのさ」
ドドリスの元の性格の一旦を知るかぎりでは、もともと野盗の資質があったとしか思えないが、それは言わぬが花だろう。
「エルス王の周りは、貴族たちがしっかりと囲っていますので、そういう王の耳障りな風聞は聞こえぬようにしているのかもしれません。実際に私も行商をする上で、山賊や野盗が辺境に増えてきたという噂は聞いた事はあるのですが、それ以上に増えた税を使って騎兵隊を増強し、巡回を強化して積極的にそういう悪分子を潰していっているのも現状です」
「末端まで見えてない頭でっかちの坊っちゃん王様と、それに媚びる貴族たち。辺境や底辺の綻びは、税で強化された軍事力で抑えつける、人間らしい良い国のようだな」
ニンマリとこの国を評する俺に対して、爺さんが言葉を発する。
「主様が来てからは、婆さんの腰の痛みも無くなったし、病弱だった佐吉のとこのフネも病の床から出てきて走り回っておる。常に腹を空かせて衰弱しきった村の者達が元気になったのは主様のお陰じゃ」
笑顔で話す爺さん。
確かに、俺の眷属になった事によって食料の問題が一気に解決したようだ。
言うなれば死人が動いているのだから、生者の理からは離れた仕組みで動いているのだろう。
だからこそ病人も元気になれば、痛みも感じなくなる。
生きているという事では無いが、食の楽しみを失った分、食の苦しみからも開放されたという事だから、一概には喜べないとも思うが、俺としては眷属の食料問題を考えなくて良いというのは非常にありがたい事だ。
「エービス、先ほどの話で気になったのは2点、騎兵隊が巡回の頻度と範囲、税の徴収の仕組みだ」
「基本的に税徴収に関しては商業ギルドが一気に引き受けております、このように辺境の村では通貨での税徴収が難しい場合もある為に、商業ギルドより派遣された商人による現物買取による税徴収と共に、生活備品の販売なども行っております」
「ほほう、なかなか良く出来た仕組みだな、おい、爺さんこの村でのギルドの税徴収の巡回間隔はどのくらいだ?」
「へい、小さな村ですから月一回となっとるはずじゃ」
「なるほどな、日にちは決まっているのか?」
「へい、毎月満月より5日後に税徴収にギルドの人間が参ります、それまでに作物や獲物を狩ったりしてなんとか税を捻出しておりました。しかし、今回は主様のお陰で余裕を持って税を収めることが出来そうじゃ、飯も食わずに眠くもならなければ疲れもしない強靭な肉体を下さった主様は神様じゃ」
どうやら自らの身体が死人となっていることは、都合よく解釈されているようだ。
すでに俺の死人となり眷属となった身で尚もテレンス王国へ税を収めるつもりらしい。
騎兵隊の巡回やギルドの徴収の際の彼らの目を、この生者からすれば異常な村人たちがやり過ごせるのかは興味がある、そしてその騎兵隊を配下にすれば、眷属の戦力を大きく引き上げてくれる事になるだろう。
「ドドリス!」
「へい!」
「お前たちは野盗としてどのぐらいの悪事を働いていたんだ?」
「俺達も騎兵隊の巡回が厳しくなってたのは知ってたんで、見つからないように細心の注意をして仕事はしてきたつもりでさ、まず逃亡奴隷の確保と勧誘さらには強奪と殺害、森の中の獣の狩り、一人で行動する行商人などの商品の強奪殺害、港町ネシアへの盗み、食い逃げ、強姦、地域の村への強盗、強姦、盗みなど足のつきにくい仕事を選んできたつもりでさ、商隊や騎兵隊、大規模な強奪などは避けて小さな犯罪を繰り返してきたんで、今まで細々とやってこれたんでさ」
小さな犯罪?
逆に今まで良く騎兵隊に気づかれなかったなと思うが、確かに盗みや食い逃げは身元がバレにくいし、強姦などは被害者がその事実を明らかにすることを恐れて泣き寝入りしている可能性が高い。逃亡奴隷や商人も必ず殺害しているようだし、確かに気付かれないように細心の注意を払ってきたようだな。
このドドリス俺からしてもクズの中のクズであることは確かだ。
今も今までの行いを自慢気に話しているドドリスのドヤ顔が憎たらしく感じる。
村人達も冷ややかな視線を浴びせているが、今は俺の眷属、仲間を裏切り眷属に引き込んだ外道の連帯感もあるのか、あからさまな批判は誰からも出ていない。
「さて、今後の方針だが、とりあえず、山に篭って全員で狩りを行おうと思う、エービスは村人から何人かを連れて、村の財産及び作物などの備蓄を最寄りの港町ネシアで全部売り払ってきて欲しい。その金で村人達に合った武器や防具を買い揃えて来てくれ、残りの全員は俺と一緒に山に入るぞ、今日より獣のみならず山に入る生き物は人間も含めて狩りまくる!」
「おお!!」
獣を殺したらどうなるかも興味がある。
「ドドリス!案内を頼む!」
「分かった!ついてきてくれ!」
ドドリスはやる気のようだ。良いことだ。
「ちょっと待って下さい!」
エービスが引き止める。
「どうした?」
「あの、防具を買ってくる都合上、全員の採寸をしたいのですが」
「ああ、そうだったな。全員エービスの前に並べ!」
一列に並んだ眷属達を手際よく採寸していき、手元のメモ帳にサイズを書き付けていく。
併せていくつかの質問を投げかけるエービス。
問いただすと、木こりには斧系、狩人には弓系、農民には大鎌などと今までの経歴が役立つ武器を選んでくるつもりらしい。
優秀な奴だな…
「あのぉ、主様」
「なんだ爺さん?」
「農作物の収穫にも人数をまわしてはもらえんだろうか?せっかく育てた作物を無駄にするのももったいねぇだよ」
税徴収の事か…
「分かった、数人はここに残って収穫を行え」
「ありがたいことですじゃ」
爺さんを含め、女児など戦力になりにくい眷属を収穫要員として残した。
数日後、完全武装の老若男女が俺の前に整列している。
あのボコボコの人相の為に、港町ネシアではずいぶんと苦労したようだが、無事に武器を買い付けして戻ってきたエービスより全員に武器と防具が配られた。
女性や子供は細剣や小刀などの装備のようだ。
爺の話では10日後に控えた税徴収、これをとりあえずクリアして力を付けるまでは周囲に異常を感じ取られる事も無く侵略を進めたい。
狩りで大きな成果を上げることが出来れば、買取で大きな利益を得て、今後の眷属の武装強化や眷属増加に伴う武装の買い増しの足しにしたい。




