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理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第九十七話 起動

 古いカメラのフラッシュが光った後のような、高い音が響いた。


「先生!」


 佐藤の声に、私と長谷川は弾かれたように上杉を見た。


「起動した。もう止められない。あと二十分だ、チャージが完了すれば自動的爆発する」


 上杉はケースの中身に目を落としたまま、静かにそう言った。


「これ以上、時間を掛けるわけにはいかない。見たまえ、あのモニターを。既に現代医療の六パーセントが失われている」

「ですが先生! EMP爆弾が爆発すれば、アイラが消えます!」

「分かっている。だが、それより私が恐ろしいのは、今、世界中にいる、病に苦しむ人々を絶望させることの方だ。それとアイラと、どちらが大事かは明白だ」


 その言葉に嘘の匂いはなかった。

 モニターのアイラを見た。直前まで私に神と呼ばれ、今は弱いAIとして上杉に消され掛かっているにも関わらず、彼女はいつもと変わらぬ微笑を浮かべていた


「今、君を消し去る爆弾のスイッチが入ったんだ。それはもう止められないんだけど、どうすればいい?」


 私は彼女にそう尋ねるべきか考えた。幸か不幸か、それを試すことはなかった。


「私がアイラを助けます」


 佐藤がそう言ったからだ。


佐藤 一


「佐藤君、何を言っているんだ!?」

「先生のおっしゃる通り、アイラは弱いAIです。ですがそれでも彼女が特別な存在であることには変わりありません。先生だってそれはお分かりのはずです」


 上杉はそれに答えない代わりに、耳につけていたインカムを外すと床に捨てた。次の瞬間、アイラの横のモニターに佐藤が映った。久しぶりに見た彼女の瞳は輝き、なぜだか車の中よりもずっと魅力的に見えた。


「――私は、アイラを助けます」


 モニターを見ようとしない上杉に佐藤が宣言した。もう彼は何も言わなかった。


「伊藤さん、長谷川さん」


 突然、モニターから名前を呼ばれて驚いた。


「これからアイラを助けるために指示をします。やってくれますか?」


 一瞬、長谷川と目を見合わせる。確認するまでもなかった。


「はい」


 ほとんど同時に答えていた。佐藤の口元が小さく微笑んだ気がした。


「ありがとうございます。ではお二人には地下十階に行ってもらいます」


 すぐにモニターには地図が表示された。素早く長谷川がそれを読む。


「出て右、角を左に行ったところにあるエレベーターですね」

「そう。――分かりが早いわね」

「地図を読むのは慣れてるんです」


 そこで私は確認すべき事を思い出した。


「――それで、地下十階になにがあるんですか?」

「アイラがいます」


 予想はしていても、思わず息を呑む。


「説明は途中でします。残り時間はもう……十八分です。今は動いてください」


 ドアのロックが解除された音がした。そこには警備員の姿はなかった。先に動いたのは長谷川だった。裸足のまま駆け出した。それを見た私が後を追う。部屋を出る前に振り返って上杉の姿を見た。そこには疲れ果てた老人が椅子に座っていた。視線の先には床に転がったレシーバーがあった。私は慌てて目を背けると廊下へ飛び出した。ドアが閉まり再びロックされる音を背後に聞きながら、私は長谷川の背中を急いで追う。少し前にもこんなことをしていたのを思い出した。不思議なほど昔に思えた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


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