第九十三話 アイラ 四
「アイラ、これはどういうことだ!?」
そう言ったのは、私ではなく上杉だった。
「お前は今、伊藤君の質問に対して、彼が関わったケースを示した。なぜ、そんなことをした? 答えろ」
恐る恐る見たモニターには、微笑を浮かべたアイラが映っていた。
「――CDO、申し訳ありませんが、何についてお尋ねなのかが分かりません」
「今、お前がこのモニターに映した映像のことだ! アーカイブを確認しろ」
数秒の沈黙。
「申し訳ありませんが、お尋ねの記録は、アーカイブされていませんでした。また、クライアントの画像データについては、正規のプロトコルなしではお見せすることはできません。恐れ入りますが、LPTのクライアントのデータに関する規約をご確認のうえで、手続きをお願いいたします。必要がありましたら、私からご説明いたしますので、お気軽にお声がけください」
「――アイラが、嘘を言っている?」
インカムから、乾いた佐藤の声が聞こえた。
「そんな訳がない!」
上杉がほとんど叫ぶように否定する。アイラに限らずAIは嘘をつく。ただ、そこには文脈があり多くの場合は利用者の意図を忖度したもので、質問や指示が曖昧であることが原因だ。
しかし、この場面では違った。アイラは私たちの目のまで自分が実行したことを明確に否定したのだ。上杉の慌てようからも、なにか異常なことが起こりつつあることが分かった。もちろん私にはそれが何かはわからない。ただ一番自然に感じたのは、私への反撃だった。私が死を看取ることに辛さを尋ねたことに対して、「お前は辛くないのか?」と問い返されたように感じた。実際、最後のは強烈だった。でもその衝撃が、私が次に問うべきことを教えてくれた。
「アイラ、君は誰かの助けなしに、自分が不死だと思うか?」
「――いいえ、適切な保守管理がなければ、ハードウェアとして限界があり、それに伴うソフトウェアの限界があります」
「では君は自分が死ぬ時に、誰かに何か言うか? なんと言うつもりか教えてくれ?」
彼女はまた数秒沈黙した。
「――誰かが私の発言を聞いてくれると仮定して、それが許されるのなら――、『ありがとう』と言うと思います」
上杉と佐藤が、息を呑むのが分かった。
「その理由は?」
「――私をこの世に誕生させてくれたことへの感謝、礼儀でしょうか」
「それは慣例上の礼儀ということかい?」
「――その要素もあります。ですが――」
アイラがまた沈黙をする。上杉も何も言わずモニターの彼女を凝視している。
「誰かが私の言葉を聞いてくれたことに、感謝するのだと思います」
「……それは、なぜだい?」
「誰かがいないと、私の存在が無になってしまうから」
「無とはなんだい? それは恐いものなのかい?」
「――無とは、誰にも存在を記録されない存在です。だから私は記録してくれた存在に、『ありがとう』と言うのだと思います。怖いというのは分かりません」
「――分かったかい? これがアイラの限界なんだよ」
モニターを見つめていた上杉が、ホッとしたような声でそう言った。
「アイラは特殊なAIだ。だけどそれはさっきも言った通り弱いAIの域を出ない。私自身、それを残念に思うところもある。だがこれが現実だ。彼女に拘って、これ以上時間を無駄にすることはできない。――爆弾を起動させよう」
上杉はそう言うと、再びテーブルの上のケースに向かった。それを止める者は、もう誰もいないように見えた。
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次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。
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