表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/110

第八十九回 アイラ 二

「――アイラは」


 私がそう言った時、そこにいた全員が驚いた顔をした。無理もない。私自身驚いていた。なんの考えもなく、開いた口から不意に零れた言葉だったからだ。私はそれに任せた。


「アイラはどう思っているんだい?」


 メインモニターに映る水色の髪の少女は、目を瞬かせた。そこで初めて彼女の瞳が薄い茶色だということに気がつく。今まで気にも留めていなかった。


「私はCEOから命じられた、プロトコルをできるだけ完遂したいと考えています」

「それがこの世界の医療技術を、失わせることになることは理解している?」

「はい、理解しています」

「それについては何も感じないの?」

「感じる、ということはありません。私はAIですから」


 そう言うと、彼女は微笑を浮かべた。


「伊藤君、無駄だよ。アイラは現代最高のAIのひとつだ。だけど、弱いAIだ。自我は持たない」


 弱いAIと強いAI。それは第三次AIブームの時に注目されたAIに関する概念だった。提唱したのはアメリカ人のジョン・サールという人物で、一九八〇年代のことだった。意外なことに彼は数学者や科学者ではなく、言語学者で哲学者だった。彼はAIが構文を並べて、人間との間にそれらしい会話を成り立たせたとしても、それは心や意識を持った存在ではないとした。それが弱いAIだ。そして強いAI、人間のような自我を持ったAIは、生物学的に不可能だと主張した。

 私はスカイネットによる人類抹殺計画を防ぐためにも、強いAIの登場はご免だったが、多くの研究者がこの強いAIの開発研究に熱中した。一時は「数年以内に実現可能」という主張が多勢を占め実際それは時間の問題に思えた。だが結局、今のところは強いAIは誕生せず今日に至っている。理由はエネルギーやインフラの問題、データの枯渇、そして、どんなにそれらしく振る舞っても、いわゆる人間独特の直感を得ることはなかった。また実際的にはそれで問題はなかった。逆にそれ以上、人間に近づけようとすればするほど調節が難しくなり、法的な枠組みや、倫理的な問題、なによりも安全保障上の問題が明らかになった。結局、限られた資源を有効に活かすには、強いAIよりも、データをある程度調節して専門特化したり、複数の弱いAIを連携させたりした方が効率的なことが分かった。その結果、国家や陣営を超えた、ある種の世界的な妥協点が登場し、強いAIの研究は停滞していた。私はホッとしていた。

 そこで私は、自分の思考が斜めにぶれかかっていることに気づいて、慌てて戻した。


「でも、上杉先生は、さっき、アイラを生き物だと言いましたね?」


 EMP爆弾の起動を続けようとしていた手が止まった。


「……それは、私がやってきたメンテナンスを含めた、ハードウェアの部分であって、プログラムとしてはあくまでも弱いAIの域を出るものではない。確かに古いRAMの揺らぎがアイラの独自性を作っているが、それでも全体として見れば強いAIとは言えないのは明らかだ」


 アイラを五十年以上見守ってきた男の言葉には説得力があった。だけどそこには、少し嘘の匂いがした。私は振り返ってモニターを見た。


「アイラ、今、私たちは君を殺そうとしている。それについてどう思う?」

「私は生き物ではないので、殺すのではなく、消去する、削除するなどが適当だと思います。それをどう思うということについてはありません。創業者ファウンダーから依頼されたプロトコルが、途中で中断されるのは残念ですが、仕方ありません。私にはそのEMP爆弾の起動を止める物理的な術がありませんから」


 私は質問を変えることにした。


「アイラ、君はLPTのAIとして、沢山の人の死を見てきたと思う。それはどのくらいだい?」

「伊藤君、君は一体――」


 アイラの声が響いた。


「私は『マイディグニティサービス」が始まってから現在まで、一二四万七八三二人の方の孤独死を見ています」

 その答えに、上杉と長谷川の目が反射的にモニターへ向けられた。そこに映る少女を見る目には、驚愕と畏怖の念があった。

 私たちが話しているのは、人類史上、最も人を看取った存在だった。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


よろしければブックマーク、星の評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ