第八十八回 EMP 二
「だが、そうしなければアイラは堤の計画を続行する。その結果がどうなるか、君たちにも分かるだろう? どれだけの人の命が失われるか、考えてみたまえ」
永遠の命、あるいはそれに類する医療技術が確立された時に、田中や堤が言い残したことが本当に起こるのかどうかは分からない。ただ、一定の説得力があるのは事実だった。いつの時代も権力者たちは永遠の命を求め続けた。彼らは一度手にした権力にしがみつき、より巨大なものにしようとする。まるでゲームのように。そして、あらゆるゲームに勝利した挙句、ゲームのやめ時を忘れ、最後にはゲームのルールを変えようとする。まともに自分のゲームにすら向き合ったことのない私にとって、まったく理解ができない存在だった。それでも、その先にあるのが明るい未来と思えないのは、堤と同意見だった。田中はそれを、「イモータルによるモータルの恒久的な支配の確立」と呼んでいた。まったく厨二病の世界だ。だけど、いつの時代も預言者は同時代の人々に笑われ、石を投げられる。重なるはずのない堤と田中の像が、私の中で重なった。彼らはともに違った方向から、真実を言い当てていたのだ。
(しかし)
と思う。堤は「永遠の命に繋がる技術を消し去る」と言った。どこまでを永遠の命に関連する技術とするのかは分からない。極言すれば、医療は避け難い死を先延ばしにする技術だ。それを全て消すというのか?
ふと、長谷川を見る。裸足のまま彼女は不安げに立っていた。いっくん――、彼女の愛する息子を蝕んだ病気を解く鍵も、その中に含まれているかもしれないのだ。
「考えている時間はない! 今こうしている間にも、貴重な医療データが消えているんだ!」
「しかし先生、起動すればアイラは死にます。それに、田中先輩や堤の言っていたことも……」
「君までそんなことを言うのか!?」
上杉がインカムの向こうの佐藤を怒鳴りつける。
「ですが……」
「確かに堤が言ったことにも理はある。だが、だからといって、全ての医療データを破壊するなんていうことが許されていいはずがない! どうしてそんなことが分からないんだ!」
興奮で思わず椅子から立ち上がりかけた上杉が、すぐに顔を顰めて腰を下ろす。その様子を、長谷川が心配そうに見ていた。それが必要なことでも、彼女は老人を椅子で殴って罪悪感を持たない人ではない。
「長谷川君」
その視線に気がついた上杉が、今度は静かな声で呼びかける。
「君はお子さんを難しい病気で亡くしていたそうだね」
彼女の顔が色を失った。堤の時と同じだ。
「今、堤が。いや、アイラがやっているのは、君と同じような境遇の人を増やさないための技術をこの世から抹殺することだ。それを君は許そうというのかい?」
赤みを失った唇が微かに動いた。それは声にはならなかったが、私には何を言ったのかが分かった。
長谷川の長身が揺らいだ。一歩、二歩、ケースの前から離れる。
上杉がゆっくりと椅子から立ち上がると、長谷川の横をすり抜けて、ケースへと向かった。今度は彼女は動かなかった。
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次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。
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