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理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第八十七話 EMP 一

 水色に染まっていくモニターが、世界から貴重な先端医療技術が破壊されつつあることを示していた。堤のやることだ、恐らくそれは徹底したものだろう。もちろん、ローカルにあるデータや紙で保存されているものもあるので、完璧に消し去ることはできない。それでも貴重なデータや研究成果が失われることには変わりはない。人類が得た医療技術が数十年単位で巻き戻ろうとしていた。

 ふらりと椅子から立ち上がった上杉が、テーブルに向かった。


「……これを使うしかないか」


 その手は、彼が持ち込んだ、変装用のガジェットが詰まっていたアタッシュケースに置かれていた。


「先生!」


 私は、ずっと沈黙を守っていた佐藤の声が、インカムから響いたことに驚いた。でもそれは、次の言葉への前触れに過ぎなかった


「先生はアイラを殺す気ですか!?」

 (上杉がアイラを殺す?)彼はそれに答えることなく、アタッシュケースの蓋を閉めると、重そうにそれをひっくり返していた。モニターに映るアイラは、相変わらず私たちの様子を微笑を浮かべて見ていた。


「上杉先生!」

「……他にどうしようもないだろう」


 その嗄れた声の匂いに、私はゾッとした。ミイラが喋ったようだった。


「なにか他に手があるはずです!」

「無理だ」


 その言葉と同時にケースの裏面が開いた。そこに現れたのは、青く光るパネルだった。


「なにをするつもりなんですか?」


 上杉は私の質問を無視してパネルに向かって操作を続けている。


「伊藤さん、先生を止めて! それはEMP爆弾です!」

「え?」

「先生はEMP爆弾を起動させて、アイラを殺そうとしているんです!」


 頭の中で言葉が意味と結びつくまで時間がかかった。「アイラを殺す」というのもそうだったが、「EMP爆弾」なんていう言葉も、私の人生にまったく関わりのない存在だったからだ。

 それでも上杉に近づいてみたが、正直、彼をどう止めればいいのかは分からなかった。歳の差や体格の差を考えれば、無理やり止めることはできるだろうが、そんなことはしたくなかった。喧嘩なんて、小学校以来やらずに済むように生きてきたのだ。


「先生、まだ事情が分からないのですが、とりあえず、一旦落ち着いて話しませんか?」


 出てきたのは、顧客クレームに対する、マニュアル構文だった。もちろん上杉は私を見ることもなく作業を続けていた。その背中に椅子を叩きつけたのは長谷川だった。

 いつの間にか私の横に立っていた彼女の手には椅子が握られていた。

 床にひっくり返った上杉が、さすがに驚いた顔をして彼女を見ていた。私もそうだ。


「ちゃんと話してください!」


 長谷川の声がコントロールルームに響いた。心なしか、モニターのアイラも驚いた顔をしたような気がした。


「時間がないんだ!」


 床に倒れた上杉が、斜になった眼鏡を直しながら答えた。長谷川は再び手に持った椅子を軽く持ち上げると、


「お話ししてくれないのでしたら、今度はこれを殴ります」


 そう言って、彼女はケースに向き直った。火事場で赤バットを握っていた姿が蘇った。彼女なら躊躇なくやると思った。


「う、上杉先生、話した方がいいと思います」

「先生、とにかく落ち着いて話しましょう」


 私と佐藤が交互にとりなす。上杉はモニターを一瞥すると、仕方なさそうに頷いた。


「選択肢は他にないんだ……」


 そう言いながらよろよろと立ち上がる上杉に、長谷川が降ろした椅子を勧めた。ギョッとした顔をした上杉だったが、殴られた背中が痛むのだろう、恐々と椅子に腰を下ろした。その気持ちは分かった。


「今なにをしようとしているのか、その理由を教えてください」

「堤の計画を止めようとしているんだ。それを、君たちは――」

「先生!」


 私の質問に自説を言い募ろうとしたところで、佐藤の声が響いた。上杉は口を閉じると、忌々しそうに一度、天井を見てから、テーブルの上のアタッシュケースを見た。私もそっと真似てみたが、あまり気分は落ち着かなかった。相変わらずパネルが青く光っている。素早く長谷川が、上杉とケースの間を塞ぐ位置に動いた。流石は元バスケ部だ。その様子に諦めたのか上杉がゆっくりと話し始めた。


「そのアタッシュケースに入っているのは確かにEMP爆弾だ」


 それで私はずっと感じていた違和感に得心がいった。


「EMP爆弾ってなんですか?」


 彼女がそう聞いた。これはまあ、当然だろう。


「強力な電磁パルスを発する爆弾のことだよ。人には被害はないけれど、周辺の電子機器を破壊するんだ」


 上杉が持ち込んだのは、強力なバッテリーを使った極小型のものだろう。それでも重さはかなりあるはずだ。どうりで大変そうにしていたわけだ。私に預けなかったのも、怪しまれると思ったからだろう。


「じゃあ、ここで爆発させたら?」

「地下にある、アイラのコアプログラムは破壊される。完全に」


 そう答えたのは上杉だった。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。


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