表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/110

第八十六話 計画

「堤さん。あなた、何をしたんですか?」


 私を見た顔には、いつもの微笑が浮かんでいた。ただ目には、微かな驚きが浮かんでいた。答える様子がなかったので、私は話し続けた。


「どうして、わざわざここへ来て、こんな話をしているんですか?」


 私はそう言いながら、自分が気がついたことを口にするのが怖くなっていた。『盾』が止まった以上、ネット上に田中が分散して遺した、堤とLPTの犯罪が明らかになるのは時間の問題だ。二〇パーセント近くは盾によって消し去られたが、残ったものだけでもネットに拡散されれば、無事ではすまない。にも関わらず、彼はここで笑っている。


「――あなた、何をやったんですか?」


 二度目のその問いには、自分の口から出たとは思えないほどの不吉な響きがあった。全員の視線が集まる中、微笑を深くした堤がスラリと言った。


「永遠の命を殺しました」


 その言葉の意味を理解するのには、やっぱり少し時間がかかった。最初に回答に達したのは、上杉だった。


「……君がさっき挙げた、先端的医療技術を破壊したということか?」

「そうです。世界中で研究されている、あらゆる永遠の命と呼ばれるものに繋がる技術を、私は破壊しました。まだ世の中には知られていないものや、秘密裏に行われているものを含めて全てです」


 真っ青な顔になった上杉がコンソールに向かう。アイラが映るメインモニターの隣にある、サブモニターに、先ほどまでとは違う進捗度を示す画面が現れた。『盾』を止めるグラフには赤色が使われていたが、今後のグラフにはアイラの髪と同じ、水色が使われていた。それは既に画面を染め始めていた。


「進捗度は四パーセントですか。やっぱり時間が掛かるものですね」

「堤! いつこれを!?」


 堤は微笑を浮かべたまま、上杉の顔を見る。それは嘲笑に変わっていた。


「三十分ほど前、アイラに直接頼んだんです。ねえ先生。私が香港から急いで帰って来て、何もせずここへ来て、みなさんとこんな話をすると思いますか? そんなわけないじゃないですか。ちゃんとやることを済ませてますよ。お陰で朝粥は食べ損ねましたが」

「なに!? どういうこと?」


 混乱した様子の長谷川に、私が答えた。


「彼は、……堤は、世界中の先端医療技術を破壊するスイッチを、三十分前に入れたんだ」

「え!?」

「それがどの程度なのかは分からないけれど、田中のノートを見る限り、彼は合法、非合法を問わず、あらゆる情報にアクセスできる立場にいる。それが事実なら――」

「事実です。そこについては田中氏は正確でした」


 その声には勝ち誇ったような響きはなく、淡々と事実を語る静けさがあった。むろん匂いはなかった。彼にとってこれは全て予定の行動だったのだろう。香港からここへと向かう間に、私たちが『盾』を止めていることに気がつき、自分の計画を実行していたのだ。


「オジマンディアスかよ」


 思わず口から溢れた言葉に、堤が反応した。


「ファラオ……、ラムセス二世ですね。私はそれほど自惚れてはいませんが」


 彼にも知らないことがあるのが分かったが、取り立てて嬉しくもなく、説明する気にもならなかった。いずれにせよ、この状況を変えられるわけはなかった。


「……堤君、なぜそんなことをするんだ? 君がやってきたことは、完全ではないにしろ、いずれ世間が知るところになる。その結果、君は罪に問われるだろう。しかし、それは同時に、君が言うところの、永遠の命を金で買おうとした人間を、告発することにもなる」


 上杉のその声には、子供の頃から堤を見てきた者ならではの、切々たるものがあった。しかし、堤は微笑を浮かべたまま見返すだけで、何も答えなかった。


「――今、君がやっていることは、人類史に残る犯罪だ。なぜこんなことをする?」

「その説明は終わっているはずです。それに、私だって不本意なのですよ。万全を期して、もう暫くはこの状況を維持したかったのですから。だから、これは――」


 そこで言葉を切ると、彼は面白そうに上杉を見た。


「そう、『窮鼠猫を噛む』という奴ですよ」

「窮鼠……?」

「ええ、我々はみんな、ネズミなんですから」


 堤はそう言って、理解できずにいる上杉の顔を楽しそうに眺めた後、私を見た。もちろん、私にも彼が何を言っているのか分からなかった。


創業者ファウンダー、そろそろお出かけのお時間です」


 その声に、堤の視線がモニターのアイラに向けられた。

 その顔からは微笑が消えていた。大きなモニターに映る水色の髪を揺らす少女を見上げる堤の顔には、初めて見る表情があった。

 やがて堤は再び私たちを振り返ると、そこにいる一人一人の顔を見た。まるで残業代をつけるための確認のようだった。最後に私を見た時、また例の微笑が浮かんでいた。


「最後にもう一度聞きます。伊藤さん、あなたはなぜこんなことをしているんですか?」


 もちろん、私はなにも答えられなかった。「意味なんかない」。そう答えてやろうかと思ったが、それも悔しかったので結局、何も言えずにいた。

 ひとしきり私の様子を眺めていた堤は、ちらっと自分の腕時計を見てから口を開いた。


「大変残念ですが時間切れです。あなたなら、私が納得できる返事ができるかと期待したのですが、これは私の方の思い込みが過ぎたようです」


 その口ぶりとは違い、彼の表情には特段、残念そうな気配はなかった。


「私にはこれから用事があって、これ以上あなたの答えを待つ時間がありません。今日はこれで失礼します。ですが、いつか会うこともあるかもしれません。それまでに考えておいてください。では皆さん、お疲れ様でした」


 そう言うと、堤は微笑を浮かべ、現れた時と同様に悠然とコントロールルームから出ていった。

 部屋には、唖然とした顔の残業組が立ち尽くしていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


よろしければブックマーク、星の評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ