第八話 部屋 三
ドアが閉まり、部屋で息をしているのは私と長谷川だけになった。
「じゃあ、スキャンしてもらえる?」
「はい」
彼女はそう答えると、持っていたケースからノートPCと手のひらサイズのドローンを取り出した。
「外に出ますか?」
私は外の寒さを思い出した。
「いや、僕はトイレで待たせてもらうよ」
そう答えると短い廊下へ戻り、トイレのドアを開けた。幸い狭いことを除けば居心地は悪くなく、少なくとも外よりはましだ。前回は私が外で待ったのだ、今回は彼女に我慢してもらおう。便座に腰を掛け、自分のスーツケースを膝の上に置く。
外から長谷川の声がかかる。
「用意ができました」
「じゃあ、お願い」
そう答えトイレのドアを閉めようとした時、意外なことが起きた。長谷川がドアを開けて入ってきたのだ。
「ちょっと、狭いよ」
「外は寒いので」
私の抗議の声を無視して、彼女は容赦せず入って来ると、後手でドアを閉めて、片手に持ったPCを器用に操作し始めた。
トイレの中は五十がらみのおっさんと、その前に仁王立ちに立つ三十そこそこの女性で一杯になった。便座から見上げる彼女はいつもよりも大きく見えた。
「始めます」
PCを見たままそう言うとパッドを軽く叩いた。
トイレの外からドローンのローターが回転する小さな羽音が聞こえた。ここからは見えないが狭い部屋を猛スピードで飛んでいるはずだ。長谷川が見るモニターには、サーチの結果、室内にあるあらゆる物の名前と定価、時価、現在の価値といったものがリアルタイムで表示されているはずだ。
狭いトイレの中は息苦しかった。ここにもカメラがあるので、少しでも誤解を招くことが写ったら終わりだ。ちらっと彼女を見る。画面を見る彼女の髪が、顎のラインで綺麗に整えられていることに初めて気がついた。同時にこの体勢で彼女の顔を見続けるのはまずい気がした。
しかたなく腕時計を見る。二時二十七分四十秒、四十一秒、四十二秒……。液晶の数字が異常にノロノロと進む。カメラにはさぞおかしな画が映っていることだろう。
時計が二時三十一分十秒を表示した時、外からピーという長い音がした。
「終わりました」
そう言うと長谷川は、入って来た時と同じようにドアを開け出ていった。
「うん」
と答えてトイレを出るが、なんとなく彼女に近づくのがはばかられ、少し離れたところから声をかける。
「どう?」
「資産状況にそれほどの変化はありませんね。……念のため、もう一度サーチしますか?」
「いや、いいよ」
もう一度二人でトイレに籠るのはごめんだ。それにこれは単なる確認作業だで、実際のところLPTは部屋主の資産をほぼリアルタイムで把握できている。
「いくつかのフィギュアは値上がりしていますけど、本の価値が下がっているので、ほとんど変わらないくらいです。一番高いのは……」
と言いながら本棚を見た。
「そこのロボットのフィギュアです。『超空豪神グレンガーディアン』という番組に登場するキャラクターで、……クララというそうです。定価は八〇〇〇円だったのが、今では八四〇〇〇円になっています」
「そうなんだ」
そう言いながら、あどけない顔をした少女が、少し憂いのある微笑みを浮かべるフィギュアを見た。
「まあ、ロボットじゃなくて、アンドロイドだけどね」
その自分の声に驚いた。いつもは相手の間違いに気がついても、それが業務に差し障りがなければ指摘することはなかったからだ。
長谷川がPCから目を離した。
「何が違うんですか?」
一緒にトイレにいた時の気まずい雰囲気を思い出したが、私は努めて平静を装い、少女とは別の棚に飾られていた、メカメカしいフィギュアを指差した。
「これがロボット」
それからもう一度、少女のフィギュアを指差した。
「こっちはアンドロイド」
そう答えた。
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