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理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第七十九話 警備室 一

 休日の警備室は、にわかに慌ただしくなっていた。香港に出張中のCEOから警備室に連絡があり、「この本社ビルに侵入者が入り込んでいる可能性がある」と言うのだ。CEO自身は既に予定をキャンセルし、こちらへ向かっているという。

 詳しい事情は分からないが、緊急事態であることは間違いなかった。

 休日ということで正面玄関に詰めている二人を除くと、警備室には八人しかいなかった。その全員に警備主任から、「目視で確認しろ」という指示が出された。


「現在、我が社の基幹システムであるAIは、別件に集中しているため、通常よりも警備レベルが落ちている。侵入者はそれを狙い、警備システムにハッキングを仕掛けているという。今モニターに映っている映像や情報を信じるな。警備ロボも当てにならん。ビルへの出入りは、正面玄関一つに絞り全て閉鎖し、ここにいる人間でこれから重要フロアを回る。異常があればすぐに報告するように」


 主任は緊張した顔で、そう全員に伝えた。

 本社の警備員にとって大きな仕事といえば、年に数回押しかけてくる抗議団体や、身内の死を、LPTから突然知らされた怒れる遺族と、怪しげな都市伝説を確認しに来た動画配信者への対応だった。無論、産業スパイやテロなどの、より深刻な危険に対するものもあったが、そうしたもののほとんどは、ソフトを含む最新の警備システムと、警備ロボットによって防がれていた。つまり人間の警備員の役割は、相手が人間であることが必要な時と言えた。

 ところが今回は違った。現在侵入しつつある相手は、監視カメラも、警備室にある無数のモニターも、稼働中の警備ロボットも、その全てを欺く技術を持っているというのだ。

 警備主任は堤の言葉を聞きながら、すぐに警備システムのチェックと、現在、ビル内にいる人間の把握を行ったが、そこには不審な点はなかった。彼はそのことを「畏れながら」と電話の向こうのCEOに告げた。しかし返ってきたのは、薄い冷笑と、デジタルを介した映像を信じず、自分の目で確認しろという指示だった。電話の最後に聞こえたのは、


「父がよく言っていた、目を、なんて言いましたか、そう……、『皿のようにして』、見回ってください」


と、実に楽しそうな声だった。

 警備主任は、暫く切られた電話を持ったまま、立ち尽くしていた。今起きたことが現実なのかを咀嚼するのに時間が必要だったのだ。自分が都市伝説の人物と話したことも信じられなかった。この電話自体が、出来の悪い都市伝説のイントロダクションのように感じていた。

 もちろん彼は、CEOの指示に従った。部下たちに腰のベルトの催涙スプレーと特殊警棒を確認させると、それぞれに四十七階のメインコントロールルーム、地下五階のサブコントロールルーム、そして地下駐車場の確認に向かわせた。


侵入者 二


「どうするんですか?!」


 自分の声が思ったより大きく廊下に驚いた。背中に、長谷川の大きめの手が触れるのを感じる。


「考えます。指示通りに動いてください」

「分かった」


 佐藤の冷静な声に、上杉が素早く答える。結局、私たちは当初の予定通り歩き続けた。

 目的のエレベーターが口を開けて私たちを待っていた。


「……大丈夫、乗ってください」


 佐藤の指示に、上杉は素早く、私はおずおずと、長谷川はさっさと乗った。


警備室 二


 モニターには、警備室を飛び出して行った三組の様子が映し出されていた。


「主任、五番です」


 その声に弾かれたように振り返った彼の目に、エレベーターに乗った三人の男女が映し出されていた。


「誰だ?」

「乗っているのは……。大村正和CDOと鈴木浩一、吉澤あおい。全員、技術研究部の上級職員で、休出の申請が出ています。目的は、四十七階メインサーバーのアップデート作業となっています」

「ふん」


 モニターに映るその姿は別段、おかしなところはなかった。休日に上級職員が揃っているということも、LPTでは特段珍しいことではなかった。ハイテク企業の開発部は常に忙しく、特に高度プロフェッショナル制度が導入されてからは、権限が高い者ほど長く仕事をする傾向があった。


「メインに向かっているのは、大竹と宮田だったな?」

「はい。今は……、ちょうどエレベーターに乗ったところです。八番リフトです」


 三人組が映っているのと同じ列にある別のモニターには、二人の姿が映っていた。


「その他はどうだ?」

「塚田と田中は予定通りサブに……、ちょうどエレベーターに乗ったところです。小山と樋口は……、もう少しで駐車場に着くはずです」

「はず?」

「あ、いえ、ちょっと待ってください……」


 その答えを待たず、モニターに異常を知らせる赤い表示が現れた。それは大竹と宮田が乗るエレベーター内を写すものだった。


「どうした?!」

「はい! ……えっ?! 大竹と宮田の乗る八番リフトが止まりました!」

「なに?! 連絡を取れ!」

「それが……」

「どうした?!」


 二人しかいない警備室に、カチカチとキーを叩く音が響く。


「駄目です! 通信できません!」

「なんだと?!」


 モニターには、エレベーターの中で慌てる二人の様子が映し出されていた。向こうもこちらへ連絡しようとしているようだったが、効果はないようだ。


「無線はどうだ?!」

「駄目です、そっちも切れています!」


 その声に、主任がハッと気がついたように、三人組が映るモニターを見る。


「五番リフトに連絡を取れ!」


 部下は、一瞬、あっという顔をしたあと、キーを叩く。


「こっちも駄目です!」


 グッと息を呑んだ主任が四十七階へと向かう、五番リフトに乗る三人組を睨みつける。画像にはなんの異常もなかった。強いて言えば、真ん中の男が少し落ち着きがないように見えたくらいだ。


「行くぞ!」

「えっ?」

「今から四十七階に行くんだ、階段で!」

「えっ、ええ!!」


 その声には明らかに戸惑いと抵抗があった。しかし主任がそれに構うことはなかった。その時に彼の頭にあったのは、電話で聞いた堤の声だけだった。

 廊下に駆け出した二人の足音が響いた。

 誰もいなくなった管理室のモニターには、三人組がエレベーターを降りる姿が映っていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。


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