第六十七話 計画 二
結局、上杉と私、そして長谷川の三人で侵入することになった。上杉は最後まで反対したが、佐藤が技術的な部分は、自分がカバーできると説得したことで折れた。時間もなかった。
佐藤の説明は明快だった。一年前から堤の動きを探るために彼の秘書をしていたが、元々LPTのセキュリティー部門の上級職であったという。その彼女にとって、警備システムにハッキングを仕掛けることは既に研究済みであり、技術的には可能だという。問題は実行面にあった。
「LPTのシステムは、それぞれの部門別にシステムが存在し機能しています。ただどれも最終的にはアイラがチェックしているんです」
「そんなことが可能なんですか?」
「普通は無理です。だけど上杉先生がアイラの機能を拡充し続けたことで、可能となっています」
そう言って彼女は、尊敬の眼差しで上杉を見た。
「まあ、私にはそれくらいしかできなかったからね」
そう言う上杉の口調は、佐藤の熱量に比して、とても冷めたものだった。
「――ですので、警備システム自体のハッキングはできても、その上にいるアイラの目を掻い潜るのは至難の業、というかほとんど不可能なんです。でも……」
「でも?」
「今はアイラの目、リソースの多くが『盾』の方に注がれているんです」
「……つまり、僕たちが起動したQRコードで、『盾』が起動し、そのお陰で、本社の警備体制が手薄になっている、ということですか?」
言葉に出してみると、どこか違和感があった。
「不幸中の幸い……なんですかね?」
そう言ったのは長谷川だった。そもそも上杉のメッセージに従って、QRコードを起動させなければ良かったような気もしたが、よく分からなかった。その代わり、もう一つ気になっていたことを尋ねた。
「上杉先生、先生たちにも何か計画があったんですよね?」
それは、佐藤からハッキングの説明を受けている時に気がついた。あまりにも手回しがよすぎるのだ。
上杉と佐藤が同時に、一瞬、動きを止めた。ややあって口を開いたのは上杉だった。
「あった。だが堤に潰された」
「――私たちはアイラを物理的に奪い取ろうと考えていたのよ」
佐藤のその言葉に、私も長谷川も目をパチパチさせていた。二人とも、およそそうした荒事とは無縁のタイプに思えたからだ。それにハイテク企業らしくない感じがした。しかし、よくよく話を聞いてみると、必ずしも繋がらない話ではなかった。LPTは元々、堤の父が起こした警備会社を母体にしている。堤の父から声をかけられた最古参の上杉は、警備部門にも顔が利くそうだ。
「この車を運転している彼らもそうだ」
そう言われてみれば、みんな体が大きい割に身のこなしが敏捷だったのを思い出した。
彼らの計画は順調だった。堤が香港に出張する機会を狙い、一気に地下フロアにあるアイラごとコアサーバーを奪い、そこに保存されている犯罪の証拠となる一次データを押さえる段取りだったという。
「ところが、堤は我々の先手を取って、コアサーバーにあったデータを削除してしまった。わざわざ私たちに見せつけるようにね」
「データを削除ということは、アイラもどこかに移したということでしょうか?」
「いや、それはない。堤はデータだけを消したはずだ」
なんだか不条理な話に思えた。アイラを含むコアサーバーの内容をどこか別のサーバーにコピーして、サクッと消してしまえばそれで済む話だと思えたからだ。一瞬、聞くのをためらったが、これからやることを考えれば、今さら遠慮するのも馬鹿らしくなった。
「どうしてそんな面倒なことをするんですか?」
それに対する上杉の答えには、少し悲鳴にも似た響きがあった。
「アイラを止めることができないからだ」
「……あの、それは、どういう意味ですか?」
「彼女はただのプログラムではない。田中が基盤から作ったある種の生き物なのだ」
私は唖然としてその顔を見直していた。その時長谷川は、自分のつま先を見ていた。自分に分からない話が続き飽きてきたのだろう。
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次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。
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