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理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第六十九話 ガジェット

 岩に刻まれたQRコードは縦横一メートル四方で、マス目は五七×五七だった。ずっと光って見えるというわけではなく、太陽と観測する人間、岩が一直線上になった時だけ見えるようだ。岩を調べると、何かで彫った上に特殊な塗料で塗られていた。それが分かったのは、このQRコードをスマートフォンのカメラで読み取ろうとした時だ。最初、我々は普通にカメラに映したところ、岩が写るだけでQRコードは認識されなかった。そこで私は、カメラのフラッシュを強制的に発光させて撮影してみた。するとそこには、岩肌に浮かぶQRコードがはっきり写っていた。

 それを見て長谷川が驚いた顔をした。


「どういうことですか?」

「多分、反射材を使ってるんだと思う」

「反射材って、あの道路標識とかに使っている?」

「そう、それ。こういう反射材は特定の方向からの光に対して強く反応するんだ。だからずっと見えるわけじゃない。岩に向かって正面の位置から、きちんと光源を当てなければ見えない。普通に通りかかるだけじゃ気がつかないだろう」


 また恐らくだが、使われている塗料は反射材だけではなく、なにか別のものも混ぜられているようだ。そうでなければ、これほど綺麗にQRコードが浮かび上がるはずはない。

 まったく田中のしたたかさ、というか趣味性には驚かされっぱなしだ。


 陽が昇るに連れて周囲の状況が分かってくると、岩の裏側に何かを埋めた跡があるのに気がついた。深さはそれほどでもなく、近くに転がっていた木を使って掘れば事足りる程度だった。それでも二月の地面は凍って固く、私も長谷川も掘るうちに汗が吹き出していた。

 数分ほど掘ったところで、中からプラスチック製の箱が出てきた。開けるとそこには防水加工されたバッグに包まれたガジェットが出てきた。


「伊藤さん、……これ何でしょう?」

「パソコンと無線機、双眼鏡……あとはなんだろう?」


 地面に並べると、パソコンはGPD MicroPCという小型のノートPCだった。型は古いが非常に堅牢な上、シリアルポートが充実しているPCで、工事現場や産業機器を使うのに重宝されるタイプのものだった。無線機の方は、Yaesu FT‐818NDというポータブル無線機で、RS232Cコードも一緒に入っていたことから、このPCと繋げて使われていたのだろう。双眼鏡はずしりと重い大型のもので、ボディには「FUJINON FMT‐SX 10×50」と書かれていた。残りの二つは正直、よく分からなかった。一つは手のひらサイズの小さな金属製の黒い箱で、ずっしりとした重みがあった。一面に大きなレンズが埋め込まれ、底と思われるところに三脚を固定するようなネジ穴が、天井側に電源を入れるスイッチがあった。

 もう一つは太めの万年筆に似ていて、チタン製の軸には滑り止め加工が施されている。ペン先にあたる部分には刃が取り付けられ、後部にはダイヤルがはめ込まれていて、ペンシルカッターといった感じだ。

 PCや無線機、箱はスイッチを入れてもバッテリー切れのようで反応しなかったが、ペンシルカッターのようなものは、ダイヤルを回すと、キーンという音がして、刃先が振動した。

 その他には小型の三脚が入っていたが、これは黒い箱を固定するのに使うものだろう。

 私たちは、地面に並べられたそれらを見ながら頭を捻っていた。


「多分、田中はこれを使ってこの岩にQRコードを掘ったんだろう。その四角い箱はいわゆる墨壺だと思う」

「墨壺ってあの大工さんが使う?」

「うん。僕も現物を見たのは初めてだけど、レーザー墨壺だと思う。これでパソコンからQRコードを岩に映して、そのペンのようなもので彫ったんだと思う」

「じゃあ、その無線機は?」


 それが難問だった。PCと繋げて使っていたのは間違いないようだが、用途が分からなかった。もちろん無線機なのだから誰かと連絡を取っていたと考えるのが自然だったが、ここまでの田中の行動を見る限り、他に協力者の姿は浮かんでこなかった。

 PCに電源が入ればもっと色々なことが分かるのだが、スイッチを入れても動く気配はなかった。恐らくバッテリー切れだろう。一方で、大型の双眼鏡は、ずっと感じていた欠けていた『天体観測』というパーツを埋めてくれた。田中がここから、あの星空を見ていたのは間違いない。

 私と長谷川は、念のためもう一度岩の周りにあるものを確認したあと、再び岩に刻まれたQRコードの前に戻った。


「でも、どうして田中さんはこんな面倒くさいことをしたんでしょう? 普通にアドレスを掘れば簡単なのに」

「QRコードの方が安全だからだよ」

「安全?」

「QRコードは、一部が汚れや傷で読み取れなくなっても、最大三〇パーセントまでであれば、データを完全に復元できるんだ。田中は、風雪による摩耗を予測し、多少の劣化では情報が失われないこの形式を選択したんだと思う」


 そう答えたところで、そろそろここでやるべきこと、田中が遺したQRコードを実行する時が来ていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。


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