第六十七話 秩父往還
その道は、かつて『秩父往還』と呼ばれた古い峠道だった。トンネルができたため、今はもう廃道と化し、アスファルトの至る所がひび割れ、路面には溶け残った雪が硬い氷の膜となって張り付いていた。私たちは滑らないよう、一歩一歩、足元を確かめながら進んだ。急な登りが続き息が上がり、汗が滲み出てきた。
「大丈夫ですか、伊藤さん」
「平気だよ。……君こそ」
「私は平気です」
実際、彼女の方が平気そうだった。歩き始めこそ暗くて足元が不安だったが、日が昇るとともに谷間にも少しずつ光が射してきた。幸い天気は良く、聞こえるのは風が木々を揺らす音と、鳥の声以外は、私の荒い息遣いだけだった。
一時間ほど歩いただろうか。かつての宿場町の跡地のような、少し開けた場所に出た。石垣が崩れ、苔むした石仏が、時の流れを忘れたかのように佇んでいる。田中もきっとここを通ったのだろう。
私たちは、そこで一度足を止め、ずっと機内モードにしていたスマホでルートを再確認した。田中があの星空を撮影した場所に行くためには、ここから道を外れる必要があった。
「……もう少しだ」
そこからの道は大変だった。獣道のような狭い道を辿り、急な斜面を登り、足を滑らせながら十分ほど進んだだろうか。ついに目指す場所らしき所に出た。
そこは周りに比べると少し開けた場所で、大きな岩があった。しかしそれ以外はこれまで通ってきた風景と何も変わることはなく、上り始めた陽の光はまだ届かない、薄暗い陰気な所だった。
長谷川は周囲を見回したあと、
「伊藤さん、ここで間違いないんですか?」
と尋ねてきた。私は、
「……うん、そのはずなんだけど」
と手元のスマホの画面を見る。GPSは確かにここを指している。しかし周りを見る限り、目を引くものは何もない。長谷川は、
「念のため、私のスマホでも確認してみます」
と言うと、それまで切っていた自分のスマホに電源を入れた。LPTに察知されるリスクは上がるが、今はそんなことは言っていられない。
忙しなくスマートフォンを操作していた彼女の指が止まり、
「伊藤さん」
と声をかけてきた。その顔は緊張していた。
私は、GPSが狂っていたのかと覚悟をしたが、そうではなかった。画面には大手ニュースサイトが映っていた。その中に、
『新宿区の雑居ビルで火災、LPT社員に横領・放火の疑い 警視庁が行方を追う』
という見出しがあった。
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【Yahoo!ニュース速報 - 社会】
新宿区の雑居ビルで火災、LPT社員に横領・放火の疑い 警視庁が行方を追う
配信日時:2月22日(土) 4:15配信
[大手町新聞デジタル]
昨日深夜、東京・新宿区の雑居ビルで事務所一室が全焼する火災が発生しました。警視庁と東京消防庁によりますと、出火原因は放火の可能性が高く、現在、この事務所を不正に使用していたとみられる男女の行方を追っています。
捜査関係者によりますと、この男女は、大手IT企業LPT(ライフ・プリザベーション・テクノロジーズ株式会社)の社員である、伊藤眞彦容疑者と、同僚の長谷川玲奈とみられています。
火災のあった事務所は、先日死亡したLPTの契約者、田中一郎氏が生前借りていたものでした。その後のLPT社の社内調査で、田中氏の遺品である現金百万円と、複数の高価なコレクションがなくなっていることが判明。
警視庁では、二人が共謀して遺品を横領し、その証拠を隠滅するために放火した可能性が高いとみて、本日、二人を業務上横領と放火の疑いで全国に指名手配しました。
LPT社は、本件について「誠に遺憾であり、警察の捜査に全面的に協力していく所存です」とコメントしています。
【コメント欄】
「亡くなった人のお金やフィギュアを盗むとか、最低」
「やっぱりLPTは何かあると思った。怪しい会社!」
「人のことは監視してるのに、自分の社員の横領一つ防げないのか?」
「これ、LPTに都合の悪い何かを隠蔽するために、社員に罪を着せたパターンじゃないの?」
「写真見たけど、女の人、美人だな」
「SNSで同僚らしい人のつぶやきで、二人とも普段から無愛想で車内でも浮いてたって書き込みがあった」
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。
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