第五十四話 ノックのこと
「――それで、USBの中身は何なんですか?」
その声に私は、何をしようとしていたのかを思い出した。
身を屈めて足元の鞄に手を突っ込み、引っ掻き回すとUSBメモリーを見つけ出した。幸い古めの長谷川のノートPCの規格と合っていたので差し込むと、デスクトップにメモリーが表示された。早速、さっきコピーした画像を開くと、画面に星空が現れた。
「それがその写真なんですか?」
「そう。多分、この写真が撮られた場所に行けば、何かがあると思う」
「……で、それってどこなんですか?」
「それを今から調べる」
それについては私にはアイデアがあった。ズボンのポケットからスマホを取り出し、長谷川のノートPCに近づけると、接続の許可を求めるウィンドウが立ち上がった。私は手早く操作して、画像を自分のスマホに送った。
「何をしてるんですか?」
と尋ねてきた彼女に、私はスマホを操作をしながら、
「AIに調べさせる。事前にアプリをインストールしておいた」
と答えた。
「それで分かるんですか」
「多分」
そう答えながらアイラとは別のAIを立ち上げると、星空の写真をアップロードして(この場所を特定せよ)と打ち込んだ。
数秒後、画面には、緯度経度とともに、(埼玉県秩父市大滝の雁坂峠付近です)と表示された。そこは予想通り、田中が何度も足を運んでいた場所だった。
私は行き先を長谷川に告げた。
行くべきところが分かったことで、車内に安堵感が広がった。コンパネの時計は既に一時を過ぎていた。都心の明かりは既に遠く、高速道路のオレンジ色の街灯だけが、規則的に車内を照らしては消えていく。私は助手席で、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
(前にも、こんなことがあったな)
そう思った時、ハンドルを握る長谷川が不意に口を開いた。
「……そういえば、伊藤さんって、クライアントの部屋を訪ねる時に、いつもドアをノックしますけど、どうしてですか?」
唐突な質問に、少し眠気を誘われていた私は驚いた。少し考えてから、思い返しながら答えた。
「ああ……。なんだろう……? 癖みたいなものかな」
「癖、ですか?」
「癖……習慣……、なんだろうな。礼儀なのかな?」
「だけど、もう中の人が亡くなっていることは分かってるんですよね?」
「そうだね。多分、彼らは気にしないよね……」
そう言いながら、私は「彼ら」という言葉を使っていることに気がついた。
「――やっぱりね、彼らなんだよ。生きていようがいまいが。だから残された人が、彼らが存在したことを語ったり、覚えたりするべき……、な気がするんだ」
彼女は前を見ながら、黙って聞いていた。
「その方法は人それぞれだと思う。悲しんだり、怒ったり、楽しかった思い出を誰かに話したり、独りで時間を掛けて味わったり、本当に色々で、正解はないと思う」
少しの間のあと、長谷川は、
「……そうですね」
と言って、一瞬、ミラーに映るチャイルドシートを見た。私は眠気と戦いながら、彼女の質問を思い出していた。
「……まあ、要するに人の部屋に入る時には『お邪魔します』って、ちゃんと断りを入れないと、どうにも落ち着かなくてね」
彼女が微かに笑ったような気がした。
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次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。
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