第五十一話 赤バット
衝撃は続けざまに起きた。ドアに背中を寄りかかせたまま、ドアノブを見ようと首を後ろに回した。また、ガァン!という音がした。誰かが外からドアを叩いているようだ。
(そんな歌があったな)とぼんやり考えた瞬間、ドアが外から開いた。
ドアが開くに任せて、私の上半身はだらしなく廊下にはみ出す形になった。
逆さになった世界に、棍棒を持った仁王立ちの人の姿が見えた。
(ここは地獄か)
とぼんやり思った。それにしても最近やけに見る構図だった。
目を数度瞬くうちに視界がはっきりしてきた。
改めて目に映ったのは、鬼のような形相をした長谷川だった。手には鮮やかな赤い金属バットが握られていた。
「立てますか?!」
彼女はバットから手を離すと私の腕を掴み、玄関から引きづり出した。カランとバットが転がる音が聞こえた。
「長谷川さん……、なんで?」
「黙って! しっかりしてください! 立てますか?!」
そう言われると、立てるような気がしてきた。彼女の肩を借り、なんとか体勢を立て直す。
「行きますよ!」
「待って、鞄を――」
気がついた彼女が私に肩を貸しながら、片手でドアの内側に転がっていた鞄を掴んだ。そのまま長谷川は私を引きずるように廊下を進み、階段を下りた。(これが火事場の馬鹿力という奴か)と思った。三階まで来ると、私も多少回復したが、それでも彼女の助け無しで動くのは厳しかった。
一階まで下りて、肺にたっぷり空気が入ると、膝もしっかりしてきて、一人で立てるようになった。
(なんとか助かったのか)
と思った瞬間、
「伊藤さん、背中が燃えてます!」
と長谷川が叫んだ。もちろん自分では分からないが、言われてみれば火元から離れたにしてはやけに熱い。慌ててジャケットを脱ぎ捨てると、地面に広がってブスブスと燻っていた。
長谷川はようやく落ち着いた私の右腕をぐいっと引っ張ると、そのまま路地を大通りに連れ出し、そこに止めてあった青い車に向かった。彼女は助手席のドアを開けると私の耳元で、
「乗って!」
と言った。遠くでサイレンが鳴っているのが聞こえた。
長谷川は素早く運転手側に回ると、ドアを開け、長身を運転席に滑り込ませた。そして車の横でまだボーっとしている私に、今度は車内から、
「乗って! 放火犯になりたくないでしょ!」
と鞭のような声で言った。その声に弾かれた私が慌てて助手席に飛び込むと同時に、車が走り出した。エンジンが唸りを上げ、凄まじい勢いで車が加速する。燃え上がる田中の秘密基地はあっという間にバックミラーから消えた。
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次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。
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