第六話 田中の部屋 二
渡邉が、持ってきた頑丈そうなケースを開いた。中から手袋を出して着けると、胸に置かれていた男の腕をどかした。次にケースからバーコードリーダーに似た機械を取り出す。ハンドルのスイッチを入れて男の胸に当てると、小さなモニターに「match」という表示が出た。続いて現れたデータをサッと見ると、彼はそれをしまった。虫のように素早く、無駄のない動きだ。
代わりに今度は聴診器を取り出すと、男の胸に当てながら左腕で脈を診る。五秒ほどで心音と脈がないことを確認する。さらに今度はペンライトを取り出すと、見開いた男の目に当てた。
私は入社当時、この手順を馬鹿馬鹿しく思って眺めていた。自分たちは、死んでいるからここに呼ばれているのだ。心肺機能が停止し、胸に仕込まれたチップや、部屋に備え付けられたカメラからの情報で、部屋の住人が死んでいることは既に確認されている。もちろん万が一を考えての手順であることは分かっていた。焼き場で目を覚ますなんて考えたくもない。それでも、わざわざ蘇生が不可能な時間を測ってアラームを鳴らし、呼び出されていることを考えると、どうにも間が抜けて思えたのだ。
しかし、それなりにキャリアを重ねた今は違った。これは人がこの世から亡くなるという事実にともなう儀式なのだ。それが長かろうと、短かろうと、その生に報いるための儀式はあってしかるべきだ。
そしてこの手順は葬式とは違う。金持ちも貧乏人も、善人も悪人も、年寄りでも若くても、人種や性別に依らず、あらゆる人間に平等に施される儀式なのだ。そう思って眺めることで、私は近すぎず、遠すぎない、自分なりの死者との距離感が取れるような気がしていた。
渡邉は聴診器やペンライトをしまうと、もう一度最初に取り出した機械を取り出し、男の胸に当てた。モニターにさっきと同じ「match」という文字が表示される。今度はハンドル部分を握ったまま親指を離すと、モニターに押し当てた。そのまま五秒。男の胸で鳴いていたチップのアラームが止まった。
「契約者ID、NS二八七六七一三J、田中一郎、男性、七十二歳。モニターから死因は心筋梗塞と判定。二月九日〇時五分心拍停止、二月九日一時一六分死亡確認。救急担当者、練馬中央救急隊、渡邉学」
渡邉が手に握る機械に向かってそう告げ、私たちの顔を見た。私は軽く頷き、彼が握る機械に向かって私と長谷川は交互に、
「LPT担当、伊藤眞彦」
「LPT担当、長谷川玲奈」
と言った。ハンドルからピッと音がした。三人の承認のもとで、男、田中一郎は、今、間違いなく死んだ。
「こっちの作業は終わりました」
機械を片付けながら渡邉が声をかけてきた。
「ご苦労さまでした」
と頭を下げる。長谷川も私に倣って頭を下げた。渡邉は手早く機械をケースに収めると、パチンとロックを掛けながら、
「後はお願いしちゃって大丈夫ですか?」
と尋ねてきた。そう、ここからが自分たちの仕事なのだ。
「はい、大丈夫です。何かありましたらあとで連絡します」
「では」
と渡邉は言い、部屋から出ていった。




