第五話 LPTの成り立ち 二
孤暑の悲劇が燻ぶり続ける国民の前に、颯爽と現れたのがIT企業・ライフテック社(当時・現LPT)のCEO・堤翔だった。堤の会社は、父が興した警備会社を母体に、セキュリティーに特化したIT技術を次々に発表していた。これが海外企業に、政府機関のセキュリティーを任せることを嫌がっていた国の希望にぴたりと合致し、採用された。それをきっかけに、地方自治体や一般企業でも広く導入され、急速に頭角をあらわしていた。
またライフテック社では、早くから少子化による介護の崩壊や孤独死に注目し、いわゆる「見守りサービス」に力を入れていた。独居の老人の部屋や家にカメラを設置する。腕輪や指輪で対象の生体データをモニターする。異常を感じたら呼びかける。救急や家族に連絡する。そういうシステムだ。
そこまでなら他にもあるサービスだった。だが堤が凄かったのは、この孤暑の出来事を機に、さらに一歩踏み込んだことだ。
彼は、「予防医学」と「孤独死対策」という観点から、見守る対象の体内に、生体情報をモニターするためのチップを埋め込む手術を認可させたのだ。さらに国民を驚かせたのは、政府からその手術のための助成金を引き出すことに成功したことだった。
既に健康情報はIT企業にとってビジネスの柱だった。様々なデバイスから、ユーザーの健康データを取ることは随分前から当たり前に行われていた。一方で、腕時計型や指輪型などの、皮膚の上から取れるデータは、技術的にも限界に来ていた。堤はその壁を、外科的に、「胸にチップを埋め込む」という正面突破で、いともたやすく打ち砕いた。
もちろん反対する声は少なくなかった。各種医師会を始め、野党は特定企業への利益供与を指摘した。人権団体も強い非難声明を出した。しかし、実際、手術としてのリスクは豊胸手術よりも低かった。それを彼らは「二重まぶたにする程度のリスク」だと説明した。
その一方で、「癌や脳卒中などの重大な疾患を予防できる」と主張し、軽減できる医療費の試算が示された。もちろん介護に必要なマンパワーの削減も数字で示された。重くなり過ぎた健康保険料に苦しんでいた国民から、肯定的な声が上がった。
なにより、このサービスの当事者である高齢者と、その子供世代から、圧倒的な支持の声が上がった。特に身内の誰かを孤独死で亡くした家族や、隣近所から漂ってくる異臭を嗅いだことがある家族からの声は、嘆願に近かった。
LPTが巧みだったのは、保守的な家族観を唱える反対派の切り崩しだった。彼らに対して、罪悪感を持つことなく、親の介護の負担を減らせることをアピールしたのだ。
LPTは自社のメリットと、彼らの好きな言葉を、ごくシンプルにまとめた。
「ITで家族の絆を守る」
陳腐なコピーだったが、効果はあった。
「働き盛りの世代が、親の介護のために離職する。それは社会にとって損失です」
「ITを通じて、離れていても家族の絆はより強く繋がります」
そう、彼らはあらゆるメディアを使って繰り返し宣伝した。その結果、反対勢力である保守派の切り崩しに成功した。また手術自体は、病院だけでなく、設備の整った診療所やクリニックでも行えることとなった。開業医にとっては新たな収益源だ。それが医師会の反対を弱めた。
こうした流れを受けて、翌年には「孤独死対策法案」が政府に提出された。二年ほどの実証実験を経て、孤暑から四年を待たずして法案は可決された。もちろん批判もあった。
「将来全国民にチップを入れる監視社会の始まりだ!」
と。しかし多くの人にとって、将来、自分や身内が床や畳の染みになるのに比べれば、優先順位は明らかだった。結局、政府はこの手術を保険適用とはせず、助成金という扱いにした。健康な人間への処置を、病気の治療を目的とする公的な医療保険の対象とすることに、最後まで医師会が反対したからだ。それが彼らの面子と、実利との妥協点だった。
この頃には、ライフテック社は社名を現在のLPTと改めていた。救急隊への連絡や情報提供などのサポートを行い、今日の関係を築く端緒を作っていた。堤は当時、三十歳になったばかりだった。




