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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第四十九話 秘密基地 二

 寒さに震えながら蹲って、もう三時間が過ぎていた。そこは田中の秘密基地の近くにある、雑居ビルに挟まれた路地だった。

 長谷川と別れた私は一旦渋谷で降りると、タクシーで真っ直ぐここに向かっていた。チラシの件もあったが、自宅を含めて他に行くところがなかったのだ。あの後、彼女から何度もメッセージや着信があったが全て無視した。それでも掛かってきたのでスマホの電源は落としていた。

 田中の秘密基地がある雑居ビルのなかで灯が点いているのは、二階のスナック「昭和」だけだった。誰にも知られずに入りたかった私は、それが消えるのをジッと待っていた。

 しぶとく営業していた「昭和」だったが、二十三時が過ぎた頃、男の二人組が出てくると、その三十分後に店の電気が消えた。

 念のため、それから十分ほどそのままでいたが、何も起こらないので身を起こした。強張った体をギシギシいわせてビルに近づくと、路地から階段のある裏手に回った。

 四階まで登り、秘密基地のドアに辿り着く。ポケットから鍵を取り出し開けると、真っ暗な空間が口を開けた。電気を点けるわけにはいかないので、鞄から近くのコンビニで買ってきた懐中電灯を出し点ける。後手にドアを閉めて部屋に入った。

 懐中電灯の光に照らされた机には、前に見た時と変わりなくBeBOXを始め色々なガジェットが並んでいた。プリンターラックの方に光を向けると、そこにも変わらず大量のプリンターとチラシが詰まった段ボールが浮かび上がった。

 実のところ、私はここで何を探せばいいのかをよく分かっていなかった。ただ前に訪ねた時に感じた違和感の正体を探そうと、光をあちこちに向けていた。

 十分ほどそうしたあと、私は一旦懐中電灯を切って、この部屋で唯一つの椅子に腰を下ろした。

 暗闇のなかで、違和感は強くなっていた。

 それは、この部屋にあるべきなのに、無いものなのだ。

 田中の経歴や蔵書、行動ログ、そしてあのノートの内容。ここにあるものは全て彼の思想や行動に紐づけされている。一方で、そうであるならばこの部屋になければ不自然なものがあるはずだった。ただそれが、分からなかった。


 考え疲れた私は、再び懐中電灯を点けて、持ってきた鞄の中から、彼のノートを取り出した。もう一度原点に返ってみようと思ったのだ。

 懐中電灯から、カバーに差し込まれたペンライトに持ち替えようとしたところで、細身のそれが、指先をすり抜けて床に落ちて転がっていった。よろよろとノートと鞄を机に置き、中腰で懐中電灯を構えて床を照らす。

 なかなか見つからずイライラしたが、ようやく机の下に潜り込んでいるのを見つけた。

 私は仕方なく四つんばいになり机の下に入った。ここに来る度にこんなことをしている気がした。もっとも今日は見上げる人はいない。

 ようやくペンライトを見つけるとスイッチを入れた。ライトの先に紫色の光が小さく灯った。どうやら壊れてはないようだ。そのまま頭をぶつけないように慎重に後退りして、机から十分な距離を取ってから立ち上がった。その時、どういう拍子か、ペンライトの光が天井に当たった。


 何かが光った。

 私は懐中電灯を消すと天井に向けて、ペンライトを大きく振った。

 するとそこに、無数の反射するものがあった。

 今度は天井全体を、ゆっくりライトで照らした。


 天井一面に、輝く星空が現れた。


 蓄光性の高い塗料が使われているのだろう、ライトの光から外れてもそれは輝いていた。私は暫くの間、唖然としてそれを眺めていた。これが違和感の正体なのかは判然としなかったが、田中を構成する大きな要素でありながら、これまで主張が少なかった「天体マニア」という成分が、目の前に現れたのは確かだった。


 テーブルや椅子にぶつからないように、天井にペンライトを向けたまま室内を歩き回る。改めて見上げるとちょっとしたプラネタリウムのようだ。奇妙なのは星空の中央に一本の線が入っていることだった。その線は星空を真っ二つに分けるように引かれていた。

 天文に詳しい人なら分かるのかもしれないが、私にはさっぱり分からなかった。

 感動と驚きが過ぎ去っていき、今度は混乱で頭が一杯になった。それでもなんとか合理的な思考をしようと試みた。

 この星空が、なにか重要なことは間違いない。恐らくそれは、この星空が見えるところだ。しかし、どうすればそれが分かるのか? 最初私は、手持ちのスマホで撮影することを考えた。もちろんフラッシュを点けば星が消えてしまうので、マニュアル設定でオフにして、長時間露光するという方法だ。私はできるだけ天井全体が映るように、床に寝そべり息を殺して撮影した。

 撮れたのはノイズが混じった黒い写真だけだった。

 既に部屋に入って三十分近く経っていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。


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