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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第四十八話 一人

 (そもそも彼らはなぜ今になって私たちの命を脅かしたのか?)


 これまでの我々の行動の前提には、彼らが監視をしているのを承知のうえで、脅してくることはあっても、直接的な攻撃をしてこないという暗黙の了解があった。そこで起きたのが今回の件だ。彼らがゲームのルールを変える何かが起きたのだ。

 考えられるのはあのチラシだ。私がチラシが光に反応して、なんらかのデータをネットにアップしていることを突き止めたことが、ルールを変えたのだ。今のところそれ以外の要素は考えられなかった。であれば、原因は田中の『秘密基地』にあることになる。

 そこまで考えた時、改めて長谷川の額の傷を見た。


(これ以上、彼女を巻き込むわけにはいかない)


 恐らく彼女は「もう巻き込まれている」と言うだろう。しかし成り行きから見て、彼らにとって重要なのは私とこのノートで、彼女ではない。私とノートが消えれば、彼女はLPTを解雇されることはあっても、消される理由はないはずだ。逆に今回のような事故を装った攻撃を仕掛けるなかで、彼女が巻き込まれて死んでも、彼らはなんの痛みも感じないだろう。それは今日証明された。

 これは、私が田中のノートを手にしたことから始まった、私の戦いだ。これ以上彼女を巻き込むわけにはいかない。


「伊藤さん」


と長谷川が声をかけてきた。


「もう、新宿に着きます」


 車内の電光掲示板には「NEXT SHINJUKU」という表示が見えた。知らないうちに電車に乗って随分経っていた。私は、


「うん」


と返事をすると立ち上がった。とりあえず私たちは新宿から中央線に乗り換えて、長谷川のマンションがある荻窪を目指していた。既にLPTに見張られているリスクはあるが、そこにいけば足となる長谷川の車があるということだった。

 車内はそれなりに混雑していた。これから遊びに行くのであろう若者の大きな声が聞こえた。日本語もあれば、私には分からない外国語もあった。そのなかを掻き分けてドアに向かう。長谷川も私に続いて席を立ち後ろについて来た。私は扉の前で後ろの長谷川を促し、彼女が先に降りられるようにした。

 やがて電車の速度が遅くなり、新宿駅のホームに滑り込み、止まった。扉が開くと私は長谷川に続いてホームに降りた。私は二、三歩、彼女についていったが、そこで足を止めた。それに気がつかない彼女が、階段を下り始めるのを確認してから、向きを変えると、今乗ってきた電車に再び乗った。

 ホームに出発を知らせるベルが鳴り響くのと同時に、自分の後ろに私がいないのに気がついた長谷川が、慌てて階段を駆け上って来た。彼女の目が、電車の中の私を見つけたのと同時に扉が閉まった。ガラス越しに互いの視線が絡み合った。閉まった扉に駆け寄ってきた長谷川の額には、赤い傷が鮮やかに浮かんでいた。それを見て私は、小さな声で、


「ごめん。ありがとう」


と言った。

 ガタン、と揺れて電車が動き出した。彼女の口が「伊藤さん」と言っているのは分かったが、声は聞こえなかった。絡み合った視線は電車が進むとともに解かれた。長身の彼女の姿が、次第に小さくなっていき、やがて見えなくなった。

 私はまた一人になった。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


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