表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/67

第四十六話 潰えた計画

「先生!」


 上杉の部屋で、モニターを見ていた佐藤が声を上げた。それは悲鳴に近かった。


「どうした、佐藤君?!」

「コアサーバーが……」


 そう答えながら、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。震えた唇は、呪文のように「嘘、嘘、嘘――」と呟いていた。

 慌てて手元のノートPCの画面を見た上杉が凍りついた。部屋には佐藤の打鍵音だけが響いていた。やがてそれも止まった。空調の音だけが残った。


「……今、外部からの正規のプロトコルを完全に無視した、強制的なデータワイプが開始されました。……復元不可能です」


 佐藤の虚ろな声が白い壁に吸い込まれた。それを聞く、上杉の表情からあらゆる感情が消えていた。


「……堤か」


 固まった絵の具のチューブから絞り出したような、嗄れた声だった。それが質問なのか、確認なのか、言った本人にも分からなかった。それでも律儀な部下であり、教え子が答えた。


「間違いありません。これができるのは、彼だけです」


 そういうと彼女は、パチパチとキーを叩き始めた。そこには先ほどの猛烈な嵐を思わせるような勢いはなく、冬の冷たい雨の降り始めのように、散漫なものだった。


 ポツポツ、スッ、ポツポツ、スッ


 キーを叩く音と、マウスが滑る音が何度か繰り返される。それも佐藤の深いため息とともに止まった。


「私たちの権限も止められました。二十分以内にここを出ないと、強制退去になります」


 そう言うと、自分で自分の息の根を止めるように、彼女は首をガクンと前に倒した。

 不意に部屋中のモニターに同じ画像が映る。右上から画面が赤く染まっていく。それは彼らが奪おうと計画していた、コアサーバーの中身が消えていく様子、可視化された絶望だった。


「……堤め」


 彼の脳裏に、香港のホテルの一室で、微笑を浮かべてこの様子を楽しんでいる男の姿が浮かんだ。猛烈な怒りは沸かなかった。むしろ自分に対して腹立たしく思っていた。


「――私の決断が遅かったんだ。私がすべきことをせずに先延ばしにしていた結果だ」


 顔をあげた佐藤が、老人を労わるように声をかける。


「先生……」

「慰めてくれなくていいよ。私は彼がその気になれば、ずっと前に私を締め出せることを知っていた。彼はそれを知って、今日まで弄んでいたんだ。私の負けだ……。いや、私はずっと前に負けていたんだ。死刑を宣告されながら、生かされていた死刑囚のようなものだったんだ」


 その言葉に佐藤が口を噤んだ。しかし、それは恩師への気遣いからではなかった。


「先生」


 決して大きな声ではなかったが、そこには先ほどまでとは違う力があった。思わず上杉が見返した彼女の目には、何かを確信した輝きがあった。


「なぜ、堤はいつでもできることを、今やったんでしょう?」


 その言葉に上杉が顔を上げた。


「――伊藤君だ。彼が何かを発見したんだ」

「彼を捕まえましょう」


 二人が身支度を整え部屋を後にした時には、部屋のモニターは既に赤く染まっていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


よろしければブックマーク、星の評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ