第四十三話 ハッキング
群馬県らしい急なコーナーが続く山道を、車はスムーズに走っていた。運転席で、左右に自動で回転するハンドルに手を置く長谷川の表情は、どこか不機嫌そうだった。私の方は今日の騒動には疲れたが、昨日のチラシの件以来、少し気分が良くなっていた。田中の遺した謎解きに向かって進んでいる手応えを感じていたからだ。もちろんまだ分からないことの方が多かったが、天才の田中が計画したことなら、最後には堤の陰謀を明らかにする何かに辿り着けるような気分になっていた。
何より長谷川に話してからは、最初に比べてずっと気分が楽になっていた。それだけに不機嫌そうな彼女を見ると不安になった。思えば行きの車中でも口数が少なく、帰りはさらに少ない。会社の車の中でおおっぴらに田中のことを話すわけにはいかず、チラシの件も昨夜のメッセージ以降はやり取りできていなかった。
なにか無難な話題はないかと考えたが、何も浮かばなかったので、ラジオを点けることにした。長谷川がちらっとこちらを見たが何も言わなかった。
ラジオは首相がどこかの国を訪問したことや、株式市場について報じたあと、最近都内で連続して起きている集団強盗について話し出した。五〜六人の全身黒ずくめの服を着たグループで、人気のない幹線道路で通りかかる人や車を襲うという荒っぽい事件だった。被害者の証言で、犯行に黒いバットが使われていることから、「黒バット団」と呼ばれていた。もう一月以上経っているのにいまだに捕まえられず、世間を騒がせていた。
私はようやく共通の話題になりそうなニュースが流れたことに、少し安心した。
「黒バット団――、物騒な世の中だね。長谷川さんはなにか護身術とかやっているの?」
不機嫌そうではあったが応えてはくれた。
「特にやってません、けど……」
「けど?」
「自分の車にはバットを積んでます」
冗談を言っているようには見えなかった。
「バット?」
「はい。赤い金属製のバットです」
「じゃあ、いざという時は?」
「そのバットでぶっ飛ばします」
「そう」
私は口をつぐみラジオを消した。
その時、今度は長谷川が口を開いた。
「おかしい」
見ると顔が青くなっていた。車はほとんど減速せずにカーブに進入し、タイヤを軋ませながら抜けていった。速度がさらに上がり、私も異常を悟った。
「どうしたの、速すぎるよ?!」
「ブレーキが効かないんです! ハンドルも!」
さっきまで長谷川の手の下で緩やかに回っていたハンドルが、今では左右に激しく回っていた。長谷川はなんとかしようとハンドルを握るが、強力なアシスト機能で撥ねつけられてしまう。コンソール画面を操作してもなんの反応もない。
長谷川が、
「ハッキングされてる!」
と悲鳴をあげた。確かにそれしか考えられなかった。そして、こんなことができるのはLPTしかいなかった。
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次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。
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