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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第四十話 漫画喫茶

 田中の秘密の事務所を訪ねてから一週間は、比較的、平穏な生活が続いた。

 この間に緊急対応が日中に二回と、夜勤中に一回あったが、いずれも特に不審な点はなく日常業務のうちだった。不審な点があるとしたら、田中のノートの確認延長が、さらに一週間、特に理由を求められることなく認められたことだ。これはさすがに異常事態で、本社がなにか手を回していることは明確だった。

 私は相変わらず夜はマンガ喫茶で過ごし、明け方自宅でシャワーと着替えを済ませて出社するという生活をしていた。二十四時間持ち込みと引き取りのできるクリーニング店のお陰で、着るものには不自由しないで済んでいた。とはいえ、マンガ喫茶への連泊は体に堪え、眠りも浅いため始終頭がボーッとするし、経済的にも心細いものがあった。長谷川の的確な指示や励ましがなければ、とっくに参っていただろう。

 田中の『秘密基地』にはあれ以来足を運んでいなかった。二人で相談した結果、何を探すのかが分からず、当てずっぽうで突き回しても意味はなく、折角田中が守ってきたものを、駄目にしてしまうリスクが高いという判断からだった。

 一方で、あそこに置いてあったプリンターについては、型番からプリンテッド・エレクトロニクスプリンターと呼ばれる、特殊なものであることが分かった。発売当初は「産業革命以降のもっとも重要な印刷機のバージョンアップ」と呼ばれ大きな話題になり、私も存在は知っていた。簡単に言えば紙やフィルムの上に、特殊なインクを何層にも重ねて印刷することで、電子回路や半導体、センサー、メモリ、アンテナといった電子部品そのものを形成することができるというものだった。大手の印刷会社ではとっくに使われている技術だったが、家庭用のプリンターサイズになったことは確かに革命的だった。もちろん精度の面では限りがあり、あまり複雑なものをプリントすることはできないが、試作基板の制作や、使い捨ての医療用センサー、インタラクティブなアート作品など様々な分野で使われていた。また発売から十年過ぎた現在では、ハイアマチュア向けの製品も登場していて、田中の部屋に並んでいたのがまさにそれだった。

 あそこにあった大量のチラシが、そんな特殊なプリンターで刷られていたことを考えると、なんらかの特殊な回路が印刷されているはずなのだが、それがなんだかは分からなかった。私は持ってきたチラシが、汚れたり曲がったりしないように田中のノートに挟んでいた。「水道トラブル一一〇番!」とプリントされていたそれは、調べたところ実在する会社だということが分かった。恐らく他のチラシも実在するもので、田中はあえてそうしたチラシをコピーすることで怪しまれずに拡散していたようだ。もちろん田中本人が配るというのは考えられないので、業者に頼んでいたはずだった。こちらもあのPCをさらに調べればなにかあるかもしれないが、分かったところで、刑事でもない私たちがそこで立ち往生することは目に見えていた。

 残念なことに、私にも長谷川にも、チラシを調べてくれそうな都合の良い同僚や、大学時代の友人はいなかった。また、LPTの手前もあり、あまり派手なこともできず、虚しくチラシを眺めるしかなかった。


 テーブルの脇に田中のノートとチラシを押しやり、気分転換に自宅から持ってきた自前のノートPCを開いた。LPTの社員は、自宅のPCにも自社のアプリをインストールすることが奨励されている。私の場合はタワーPCには入れているが、このノートPCには入れていなかった。一〇〇パーセント安全とは言えなかったが、それなりに安全性は保たれているはずだ。とりあえず、ここのところ暫く見ていなかったグレンガーディアンのファンサイト(gurefan.tokyo)にアクセスした。ここはオリジナル時代のファンもいれば、カルト作品として知った新しいファンも比較的仲良くやっているサイトで、管理者の人柄がうかがえる良サイトだった。

 現在物議を醸しているのは、俄に立ち上がったグレンガーディアンのリブート企画についてだった。話自体は随分前からあったのだが、今回は世界的なストリーミングサービス会社が旗振り役となったことから、グレファはもちろん、アニメ界隈の話題になっていた。

 会員限定の掲示板を覗くと、それなりに抑制は効いているが、肯定派否定派が激しいバトルを繰り広げていた。私自身はオリジナルは至高であり、逆に言えばリブートは別物である以上、それがどうなろうと興味はないという立場だった。

 もし可能であるなら、この田中のノートに書かれている、オリジナルを補完する四話こそ見たかったが、それは不可能だろう。そう考えると、この田中の二次創作作品を本当に世に知らせる方法はないのか、自分の置かれている状況を忘れて、本気でコンテンツ部を口説く方法を考えていた。


 その時、画面に赤いアラートが表示された。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


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