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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第三十七話 足りないもの

 ここまでを整理すると、このBeBOXを使い、田中は自分が残していた古いバックドアからLPTのサーバーに侵入し、堤の犯罪を告発するための証拠を盗み出していたのだろう。ようやく田中の残したメッセージが、ただの陰謀論ではなく、具体的な形となって現れてきた。


 LPTにここがバレなかったのは、GPS上では二階の「昭和」と同じ座標になるため、ずっと「昭和」にいると誤認したからだろう。また「昭和」の店内にはカメラやWi-Fiの類も無いことも、計算に入れていたはずだ。


 とはいえ、まだ分からないこともたくさんあった。大量のチラシもそうだが、どんなデータをダウンロードしていたのかも不明だ。保存先に指定されているフォルダーを確認しても、それらしいデータはなかった。また、うまくは言えないが、部屋にあるものと田中の行動の間に、チグハグな感じがしていた。そこで緊張で顔色が悪くなっている長谷川には申し訳なかったが、


「もう少しだけ調べてみよう」


と告げて、BeBOXの周辺をもう一度見回り始めた。その様子を見て長谷川も、渋々ラックや机の上を見て回る。その結果、新しく分かったのは、BeBOXのPCIスロットにUSBポートが増設されていたことだ。


 そこで先ほど現金と一緒に見つけた、大量のUSBメモリーを刺してみた。中にLPTに関するデータがあることを期待したのだが、いずれも中身は空っぽだった。最後のUSBメモリーも空なのを確認したところで、後ろから長谷川が声をかけてきた。


「そろそろ引き上げませんか?」


 時計を見るともう八時を過ぎていた。二階の喫茶店から駆け上がってきてから、二時間以上過ぎていた。


「そうだね。引き上げよう」


 私はそう言って再びモニターを見たとき、クライアントの名前がCLARAであることに気がついた。


(田中氏らしいな)


 一瞬、彼女にも伝えようかと思ったが、予想される反応が浮かんだので、黙ってBeBOXの電源を落とした。


「これ、どうしましょうか?」


 そう声をかけてきた長谷川の手には、現金の入っている封筒があった。通常であれば、契約者の追加資産として会社に報告するのだが、この場合はそういうわけにはいかなかった。かといって個人で持っているのも気が進まない。


「こっちのUSBメモリーは持っていくけど、そっちは元あった場所に戻しておこう」


 長谷川は小さく頷くと、封筒をもとあったラックに入った段ボール箱に戻した。


 私はプリンターの載ったラックに戻り、開いた段ボール箱をもとに戻すと、その他のもので私たちが触ったものを見て回り、できるだけ最初にあった状態に戻した。


 主である田中がこの部屋に帰ってくることはなかったが、自らLPTの堅牢な檻に飛び込み、望みを果たしつつもそこから抜ける術を失い、日々を息を殺して暮らしていた田中にとって、この部屋は選りすぐりの武器を揃えて使命を遂行するための『秘密基地』だったのだ。私にはまだ田中の立てた計画の全貌は分からなかったが、彼にとって大事な場所を荒らして立ち去ることはできなかった。


 ただ、壁際のスチールラックに近寄ってそこに並んでいる本を見た時、やはりなにか奇妙な感じがした。棚には変わらずプログラムやアマチュア無線、天体観測に関する専門書、JAXAの内部資料が並んでいた。もう一度視線を机に戻すと、そこにはBeBOXやオシロスコープ、ハンダごて、テスターといった電子計測器が、入ってきた時と変わらず置かれていた。


 本棚と机を見比べている私に、玄関から長谷川が、


「どうしたんですか?」


と声をかけてきた。彼女の表情には、はっきり(今日はもう十分)と書いてあった。私は、奇妙な感じの正体を突き止めることを諦めて、部屋の電気を消して鍵を掛けると立ち去った。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。


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