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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第三十六話 バックドア

 私はターミナル画面からBD.shを実行するコマンドを打ち込んだ。モデムからピッ、ポッ、パ、とどこかに発信する懐かしい音がした。呼び出し音に続いて回線が接続されると、ピーゴロゴロ、というノイズが流れ、画面には発信や通信速度などを表すテキストが表示された。


 「CONNECT」という文字に続いて現れた文字列が、何を意味するのか理解するのに、少し時間が掛かった。


***


Welcome, User TANAKA. [tanaka-agent@BeBox ~]$ ./LTBD.sh Initializing modem... OK OK CONNECT 33600/ARQ/V90 Establishing link to host... Client [CLARA] authenticated and connected.


 ============================================================ LifeTech Inc. - Central Archive System (CAS) ============================================================


 CONFIDENTIAL - FOR AUTHORIZED PERSONNEL ONLY All activities are logged.


USER ID: tanaka-agent


PASSWORD: Verifying credentials...


Authentication successful. Welcome, User TANAKA.


 ============================================================ LT-ARCHIVE : MAIN MENU ============================================================




[S]earch Document Archive


[U]pload File to Temporary Staging


[D]ownload File from Staging


[L]ogout


Your choice: _


***


「嘘だろ!」


 思わず再び大声を出した私に、後ろの長谷川が飛び上がった。


「どうしたんですか?!」


「これ、LPTのサーバーだ!」


「え!……でもどうして?!」


「分からない!」


 思わずケーブルを引っこ抜きたい衝動に駆られたが、なんとか堪えて画面に視線を戻した。最初のうちは内容がなかなか頭に入ってこなかったが、何度も見直すうちに分かったのは、どうやら繋がっているのはLPTではなくその前身の会社、ライフテック社(LifeTech Inc.)だということだった。またメニューを見ると、任意のデータを探し、それを一旦保存領域に置いたうえで、なんらかの加工をしてアップロードやダウンロードすることが出来るようだ。モニターの前で考え込んでいる私に、長谷川が不安げな声をかけてきた。


「伊藤さん、大丈夫なんですか?」


「多分。さっきはLPTのサーバーと言ったけれど、これはLPTではなく、その前のライフテック社時代のデータベースみたいなんだ」


「どういうことですか?」


「正直まだよく分からない。ただ田中は以前、ライフテック社に勤めていたので、その時になんらかのバックドア、開発者用の裏口のようなものを仕込んでいて、それを使ってここからアクセスしていたようだね」


「なんのために?」


「推測だけど、例の告発文章を書く証拠を探していたんじゃないかな」


「でも田中さんが勤めていたのは五十年以上前ですよね? そんな古いシステムやその裏口とかが使えるんですか?」


「確かに普通に考えたらまずあり得ない話なんだけど、田中ほどのレベルの技術者であれば、あるいは……」


「伊藤さん、それより。繋いでいていいんですかこれ? ハッキングとかウイルスとか大丈夫なんですか?」


 さっきとは違い、いつになく長谷川は怯えているようだった。彼女にとって不得意な分野なことがそうさせているのだろう。私はその様子を見ることで却って落ち着くことができた。


「多分大丈夫だよ。ここまでの仕組みを作って、少し前まで運用を続けていたことを考えると、向こうからは検知されている確率は低いと思う」


 そう言った瞬間、BeBOXからピー、ピー、ピーというアラート音が聞こえた。


 長谷川が悲鳴に近い声で、


「なんですか?!」


と言った。簡単に私の余裕は消し飛んでいた。


「分からない!」


 モニターを見ると、赤い文字で、『ALERT: CONNECTION WILL BE TERMINATED IN 10 SECONDS.』と表示されていた。どうやら自動切断を知らせる警告のようだった。


「早くそれを止めてください!」


と長谷川が、今度は本当に悲鳴を上げた。


 メッセージからすると恐らく田中がセキュリティー用に設定したタイムアウトで、放っておいても大丈夫な気もしたが、アラート音は耳障りだった。それ以上に、普段あまり感情を表に出さない長谷川がパニック寸前なこともあり、急いでログアウトを選んでリターンキーを押した。ブツッという音で回線が切れるとアラート音も止まった。その代わり、


「なんなんですか?!」


という長谷川の声が部屋に響いた。私は、(繋ごうと言ったのは君なんだけどな)と思いながらも振り返ると、青い顔の長谷川がいた。


「大丈夫、もう切れたから」


 私はできるだけ安心させるように、心持ち低めな声をかけた。効果があったのか、思わず大きな声を出したのが恥ずかしかったのか、彼女は自分を落ち着かせるように目を瞑って深呼吸をした。私はもう一度モニターに向き直ると、表示されている、『Logging out... Thank you for using the LT-Archive System.』というメッセージを目で追いながら考え始めた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


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