表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/50

第三十一話 喫茶店 二

 翌日も私は朝一度自宅に寄り、シャワーと着替えをしてから出社した。長居はせず、ちらっと見るだけだが、変わったところはないようだ。ただ僅か数日で、自分の部屋がよそよそしく感じた。

 この日は緊急対応はなく、資料の整理をして時間を潰した。長谷川の方は田中の蔵書リストを含む所持品のリストを再確認しているようだった。

 昨日と同様に私と彼女は、少し時間差をつけて定時退社すると、スナック「昭和」が入っているビルの前で待ち合わせた。私が着いた時には長谷川はもうビルの前にいて、五階建ての上の方を見上げていた。既に陽が落ち、薄暗闇に佇む古ぼけたペンシルビルに、ダークグレーのコートを着た長身の長谷川の姿が不思議に映えて、本物の女刑事のように見えた。

 私は、


「行こう、クラリス」


と声をかけてビルの裏の階段に向かった。長谷川が怪訝な顔でついて来た。「正しくは捜査官です」という返事はなかった。二月の空気はまだまだ寒かった。


 店の中にはマスターとカップルが一組、文庫本を読みながらコーヒーを啜っている初老の男性がいた。まだギリギリ喫茶店の営業時間のようだ。

 細長いカウンターの奥にいたマスターが小さな声で、


「いらっしゃいませ」


と言った。相変わらずトタテグモのようだ。

 二人分のお冷とおしぼり、メニューを持ってきたマスターは、私と長谷川を見ると、


「あら、この間のLPTの人ですね。今日はお連れさんもご一緒ですか」


と言った。私は、


「ええ。色々調べているんですが、どうもうまくいかなくて。もう一度、亡くなった日の田中さんの足取りを追っているところなんです」

「なんだか刑事みたいだね」

「本当ですね」


 苦笑する。メニューを長谷川に渡しながら、私が、


「紅茶をホットで」


と言うと、長谷川はメニューを見ることなく、


「私はコーヒーで」


と言った。その時、ドアが開き、若者が入ってきた。


「いらっしゃいませ。あ〜、きょーちゃん!」

「どうも! また来ちゃいました」


 若者が快活に答えた。二十代前半だろう、声が若く屈託がない。

 マスターが、


「ちょうどよかった、この子ですよ、田中さんが最後に来た時に話してたのは」

と私たちに説明すると、きょーちゃんに向かって、


「ほら、この間話したLPTの田中さんの担当の人」

「へー、なんですか?」


と、きょーちゃんは人懐っこい表情で私たちの座るカウンターに近づいてきた。


 きょーちゃんは手早くジャケットを脱ぐと、私たちの右隣に座った。下に着ていたのは少し光沢のある黒のロングTシャツで、体の動きに合わせて揺れるたびに虹色の光彩を放った。今流行りのDD(Dynamic Display)シャツと呼ばれるものだろう。布のように薄くしなやかな有機EL繊維で編まれたシャツだ。

 布地の全面がディスプレーのように映像を映せるというもので、自作の映像作品を映したパフォーマンスやコンテストも盛んに行われている。

 私たちは自分たちがLPTの社員であることを説明し、最後に田中に会った時のことを尋ねた。きょーちゃんは、


「いいですよ。と言ってもアニメの話をしただけだから」


と笑った。


「最初は凄くシャイな人で、何回かこのお店で会って話しかけても、ポツンポツンという感じで。でも、グレンガーディアンの話になったら色々話してくれて」


「田中さん、古いアニメが好きだったからね」


 そう言いながら、マスターが淹れたばかりのコーヒーと紅茶を持って来た。


「グ、グレンガーディアンですか?」


 少し声が上ずったかもしれない。長谷川は黙ってコーヒーを飲んでいる。


「はい。僕、実は大学の卒論で昭和のアニメについて書いたんですよ」


 それから、きょーちゃんの話は、あちらこちらを遠回りしたあと、本筋へと入ってきた。


「それで色々話しているうちに、話題がグレンガーディアンのラストについてになって。僕が『あのラストってなんか納得いかないんです。敵だったゼルムが、どうして自分の命を、敵である地球人に渡したのかが分からなくて。確かに兄弟星で繋がりがあって、女王に対する怒りがあっても、やっぱり、あの時点でそんなことを託せるような関係じゃなかったわけじゃないですか? さすがにご都合主義じゃないですか?』って」


 良い質問だと思った。そもそもどういう仕組みで、ゼルムがグレンガーディアンにエネルギーを渡せたのか分からないのだが、そこはまあいい。その前提となるゼルムの動機については、グレファのなかでもずっとある議論だった。監督や制作者インタビューでも意見はバラバラで、「視聴者に委ねる」という返事が多かった。

 きょーちゃんが続ける。


「そうしたら田中さんが暫く黙ったあとで、こう言ったんです。『多分ゼルムは信じて託したわけじゃないと思う。彼には、もうそれ以外の選択肢がなかったからじゃないかな』って。それから、『でもアンドロイド化された彼が、最後に自らの意志で、敵であった相手に『託す』という非合理的な決断を下す。その時、果たして彼はアンドロイドなのか人間なのか? ……物語のメッセージはそこにあると、僕は受け止めている。むしろ、誰かを一〇〇パーセント信じて、託せることなんて無いんじゃないかな』って言ったんです。『スゲェ!』と思って、鳥肌が立ちましたよ」


 (流石は田中氏だ!)と私も心の中で思った。長谷川は、冷めつつあるコーヒーを見つめていた。


 気がつくとカラオケからグレンガーディアンのOPのイントロが流れてきた。雷鳴のようなドラムソロから、勇壮なブラスセクション、ヘヴィなギターリフへ続く。

 いつの間にかマイクを持ったマスターが、


「喫茶タイムは終わり! 今日もスナックタイムの始まりですよー!」


と言うと、自ら歌い出した。


「遥かな銀河の果てから 漆黒の闇が 地球ほしを狙う♪

 涙をぬぐって 空を見ろ 紅蓮に燃える瞳が光る

 友との誓いを この胸に 刻んだ勇気に ハートが唸る

 闇を切り裂く グレンカッター! 光の弓矢だ グレンアロー!」


 いつ聞いても熱い歌詞だ。ノリノリのマスターがきょーちゃんにマイクを渡す。彼がそのまま続きを歌う。


うなれ鉄拳 グレンパンチ! 叩いて潰せ 悪の軍団!

 グレン! ガーディアン! 無敵のロボだ

 進め 進め 超空魔神 その名は その名は グレン、ガーディア〜ン♪」


 間奏の間、長谷川を見ると空になったコーヒーカップの底を見つめていた。気の毒だった。思えば私が巻き込んで以来、疲れているはずだ。そこへきてこの展開にはきついものがあるだろう。そんなことを考えていると、目の前にマイクが現れた。

 (いやいやいや)と固辞する私の手に、マスターは強引に持たせた。タイミングは二番のサビが終わり、大サビの熱いフレーズに入るところだった。その瞬間、私はほとんど無意識に立ち上がると力の限り歌っていた。


「見せてやれ 最後の力だ 怒りの雄叫び 天に届け!

 とどめだ! 必殺! グレンブレーカー!!

 進め 進め 超空魔神 その名は その名は グレン、ガーディアン!」


 アウトロに入りコーラスを経て、最後にジャーン! という音で終わった。

 マスターときょーちゃんが拍手をしていた。その他の客もぱらぱらと拍手をしてくれた。長谷川は、まだカップの底を見ていた。目で穴を開けようとしているのかもしれない。マスターが私の手からマイクを受け取り、


「なんだ、歌えるじゃないですか! いいねぇー」


と顔をほころばせた。きょーちゃんが、


「凄く良かったですよ!」


と声をかけてきた。そのシャツには、グレンガーディアンの動画が流されていた。

 私は「どうも」と応えながら、ノロノロともとの席に腰を下ろし、自分を落ち着かせるためにお冷を飲んだ。長谷川が私を見ず、マスターに声をかけた。


「田中さんって、半日以上このお店にいることも多かったんですね。よほど気に入っていたんですね」

「ああ、確かによく来てくれたけど、半日ってことはなかった気がするな。せいぜい三〜四時間くらいだったと思うよ」


 その答えを聞いて、長谷川が私にスマホを見せた。そこにはLPTに残された記録から、田中がこの店に来た時の滞在時間をまとめたデータが映し出されている。長谷川は私がそれを見たのを確認して、もう一度マスターに尋ねた。


「私たちの記録によると、田中さんは、先週の金曜日はお昼すぎから夜までいたことになっているんですが?」

「先週の金曜日……。いや、確か八時前に来て、十一時過ぎには帰ったんじゃないかな?」


 長谷川が私に、


「帰宅時間は合ってます」


と言った。


「田中さんってちょっと不思議で、雨の日に傘を差さずに来ることがありましたよね」

「あれ、そうだった?」

「はい、傘は持ってるんだけど閉じたままで、濡れてもいないようで。不思議に思ったのを覚えています」

「そうか〜、全然気がつかなかった」


 私は、そんな二人の会話を聞きながら、なんとなく天井を見上げた。そこには一匹のハエトリグモがウロウロしていた。歩き回るその様子を見ているうちに、ある考えが浮かんだ。


「……マスター。上の階って何が入っているんですか?」

「一番上の五階はオーナーの事務所というか物置になっていて、三階と四階は貸事務所だね」


 長谷川と顔を見合わせた。


「ちょっと失礼します」


 私はそうマスターに声をかけると、答えも聞かずに店を出て、上の階へと繋がる階段を登った。三階のドアには「新渡戸会計事務所」という表札が出ていたが、四階のドアには表札はなかった。ポケットから田中の部屋で見つけた鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだところで、会計を済ませて追いかけてきた長谷川が階段から姿を現した。

 カチャリ、と音を立てて鍵が開いた。


******


【グレンガーディアンの歌】


「進め!僕らのグレンガーディアン」


歌:山本いつき/作詞:星林


遥かな銀河の果てから 漆黒の闇が 地球ほしを狙う

涙を拭って 空を見ろ 紅蓮に燃える瞳が光る


友との誓いを この胸に 刻んだ勇気に ハートが唸る

闇を切り裂く グレンカッター! 光の弓矢だ グレンアロー!


唸る鉄拳 グレンパンチ! 叩け悪のスカル軍団!

正義を守る! 無敵のロボだ

進め 超空魔神 その名は その名は グレンガーディアン


傷つくことなど 恐れないさ 守りたい笑顔 ある限り

砕け散るまで 戦い抜け 平和な明日を 取り戻せ


轟け砲身グレンキャノン!

全てを燃やす グレンレーザー! 狙うは敵の獣機兵!

悪を滅ぼす 鋼の豪神

進め 超空魔神 その名は その名は グレンガーディアン


見せてやれ 最後の力だ 怒りの雄叫び 天に届け!

とどめだ! 必殺! グレンブレーカー!!

進め 進め 超空魔神 その名は その名は グレンガーディアン

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。


よろしければブックマーク、星の評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ