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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第二十八話 ファミレス

 私が店に着いた時、彼女はもう店の奥の方にあるボックス席に座っていた。二十三時を過ぎたファミリーレストランには客はまばらで、店でただ一人の人間の店員は退屈そうにカウンターの奥に引っ込んでいた。私の姿を確認した配膳ロボが、調子外れな音楽を流しながら近づいて来ると、「いらっしゃいませ。お客様は何名様ですか?」と言った。

 長谷川もこちらに気がついたようで、私に向かって軽く手を振った。私は、禁煙席か喫煙席を尋ねてくるロボを無視して、長谷川のボックスに向かうと、彼女の反対側の席に座った。

 長谷川はいつもオフィスで見る、パリッとしたスーツ姿とは違い、フードの大きな黒いジップアップパーカーに、動きやすそうな細身の黒いカーゴパンツという姿だった。

 背の高い彼女は、少し猫背気味にコーヒーのカップを両手で包み、私が席に着くのを座ったまま見ていた。

 席には着いたものの、何から話せばいいのか分からなかった。彼女も少し赤い目で私を見るだけで、何も喋らなかった。私は追いついてきた配膳ロボに「ドリンクバーをひとつ追加」と言うと、彼(?)はセルフサービスであることを告げて去っていった。


 結局、上手く説明する自信がなかった私は、持ってきた鞄を開けると中から田中のノートを取り出した。ここで初めて長谷川が口を開いた。


「まだそのノートを持っていたんですか」


 私は黙ってノートのカバーからペンシルライトを抜き出し、セットで長谷川の前に押し出した。長谷川はそれを見てから、視線を私に移した。


「なんなんですか、これ?」

「君に読んで欲しいんだ」


 私はそう言うのが精一杯だった。

 長谷川はなにか言いたそうな素振りを見せたが、私の顔色と、その口調からただ事ではない気配を察したのか、黙ってノートを開き、何ページかパラパラと捲った。


「田中さんが書いた、ロボットアニメの二次創作ですよね? これがなんだっていうんですか?」

「そのライトでノートの中身を照らしてみてくれ」


 そう言うと、長谷川は不審そうではあったが、言われた通りペンライトを取り、スイッチを入れた。そのままノートに向けようとしたところで、私は声をかけた。


「ここだと見えないから、テーブルの下で見てくれる」

「テーブルの下?」

「そう。じゃないと見えないんだ」


 明らかに長谷川は抗議の声を上げようと口を開きかけたが、グッと堪えた様子で、開いたノートとペンライトを持ったまま、長身を屈めてテーブルの下に潜り込んだ。私は黙ってその姿を眺めていた。


 二〇秒後、長谷川の姿が驚きの表情とともに視界に帰ってきた。


「伊藤さん!」


 長谷川の大きな声が閑散とした店内に響いた。何人かがこちらを見たようだが、その声で虚脱状態にあった私の意識もはっきりした。彼女自身も自分の声に驚いたようで、少し浮かした腰をシートに下ろしつつ、今度は小さな声で話しかけてきた。


「伊藤さん。これ、なんなんですか?」


 そこで私はようやくこれまで起きたことを話した。途中で脱線する場面もあったが、長谷川は最後まで口を挟まず、黙って耳を傾けてくれた。自分の部屋に異変を感じて彼女に連絡したことを話すのは、言葉にするとなんとも女々しく、気恥ずかしいものだったが、正直に話した。


 全てを聞き終えた長谷川の第一声は、


「確認しますけど、これって、田中さんの妄想じゃないんですか?」


という正直なものだった。私は話すことで少し落ち着きを取り戻せたこともあり、彼女のこの当然過ぎる質問に、落ち着いて答えることができた。


「正直分からない。君を無理に信じさせようとも思わない。ただ堤に呼び出された件や、田中の部屋におかしな鍵があったこと、私の部屋に何者かが侵入したことを考えると、このノートをきっかけに何かが起きていることは間違いないと思える」


 長谷川は黙って、テーブルの上に置かれたノートを見つめていた。ややあって口を開いた。


「伊藤さん、このノート、今晩私に貸してくれませんか?」

「え?」

「私もこれを読まないと、伊藤さんの言葉を判断することができません。だけどここで読むわけにはいかないし――」


 それはそうだ。人がまばらなファミレスとはいえ、妙齢の女性がテーブルの下でライトを片手にノートを読むわけにはいかない。とはいえ、このノートを誰かに預けるのには抵抗があった。そう思い彼女の顔を見直すと、長谷川は私を落ち着かせるように少し笑いかけてから、視線を窓の外に向けて話し始めた。


「息子も、よく、訳の分からない話をしてくれました」


 私は突然の話に驚きつつ、それが過去形であることに気がついていた。


「戦隊ごっこの設定とか、自分で考えた怪獣の話とか……。私にはちんぷんかんぷんだけど、あの子は、いつも真剣でした。……だから、私もできるだけ真剣に聞くようにしていました」


 そう言うと彼女は私に視線を戻し、


「だから、おかしな話を聞くのは意外に慣れているんです」


と言った。その声には電話に出てくれた時と同じ、猫のふかふかのお腹に、顔を埋めたような、ホッとする匂いと暖かさがあった。私は自然に、


「お願いします」


と言っていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。


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