第三十六話 異物
それは女王アストリアの足元にあった。
それは間違いなく今朝出かける時にはなく、ここにあるはずがないものだった。
スケールは他のフィギュアに比べても小さく、鉄道模型などで使われる極小サイズで、実際それはホームで電車を待つサラリーマンのような姿だった。その上着の胸には、針の先ほどのサイズで「LPT」という文字が入っていた。
その小さなフィギュアは、私だった。
全身から血の気が引き、その場に崩れ落ちた。文字通り腰が抜けたのだ。
一〇分近くその状態で過ごした後、震える膝をなんとかコントロールして立ち上がり、もう一度それを見た。小さいが精巧な造形で、私であることは間違いなかった。そして気がついた。その極小の私が小脇に挟んでいるのは、田中のノートだった。再び腰が抜けなかったのは衝撃が強すぎたからだ。
やはり彼らは知っていたのだ。私が田中のノートから何かを見つけたのかを。その上で彼らはこれを残すことで、いつでもどこでも、私の自宅ですら自由に入れることを伝えてきたのだ。
堤の言葉が蘇った。
「詳しいことは後でご連絡します」
私はトイレに駆け込むと、便器に食べたばかりの牛丼をぶちまけた。胃から吐くものがなくなっても、吐き気は収まらなかった。涙を流しながら酸っぱい胃液を吐き続けた。
吐き疲れた私は、そのままトイレの床に座り込み便器にもたれた。三〇分ほどそうしていただろうか。真っ白だった頭に、ノロノロと思考が戻ってきた。警察に連絡するべきだろうか? しかし起きたことはフィギュアが一つ増えただけだ。それにこれほどのことを仕掛ける以上、侵入の証拠を残しているとは思えなかった。幾人かの友人と呼ぶには薄い人々の顔が浮かび消えていった。親はどちらも既に亡く、兄弟もいなかった。最後に浮かんだのは長谷川の顔だった。
ズボンのポケットからごそごそとスマホを取り出すと、震える指で電話帳から長谷川の名前を探した。普段ならLPTのアプリを使うところだが、流石にそれを避けるくらいの頭は戻っていた。
電話をかけようとしたところで、指が止まった。果たして彼女に連絡すべきなのだろうか? この異常な状況を考えれば、彼女を巻き込むのは得策とは思えなかった。だが、このまま一人でいて、正気を保てる気がしなかった。結局私は彼女の名前をタップした。ほかに頼れる人が思い浮かばなかったのだ。
既に時間は二十二時を過ぎていたが、四コール目で電話が繋がった。長谷川の声を聞いた時、私はほとんど泣き出しそうになった。
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