第二十六話 異物
それは女王アストリアの足元にあった。
それは間違いなく今朝、出かける時にはなく、ここにあるはずがないものだった。
スケールは他のフィギュアに比べても小さく、鉄道模型などで使われる極小サイズで、実際それはホームで電車を待つサラリーマンのような姿だった。着ているジャケットの胸には、針の先ほどのサイズで「LPT」という文字が入っていた。
その人物の顔は、私だった。
全身から血の気が引き、その場に崩れ落ちた。文字通り腰が抜けたのだ。
一〇分近くその状態で過ごし、なんとかパニックから抜け出した私は、震える膝をなんとかコントロールして立ち上がり、もう一度それを見た。小さいが精巧な造形で、私であることは間違いなかった。そして気がついた。その極小の私が小脇に挟んでいるのは、田中のノートだった。再び腰が抜けなかったのは、衝撃が強すぎたからだろう。
やはり彼らは知っていたのだ。私が田中のノートから何かを見つけたのかを。そして彼らは私の自宅に自由に入れるうえに、それを隠そうともせず、むしろ私が気がつくようにしたのだ。そこにはこれを仕掛けた人間の、信じられないほどの悪意と捻れたユーモアを感じた。
堤の言葉が蘇った。
「詳しいことは後でご連絡します」
私はトイレに駆け込むと吐いた。便器に食べたばかりの牛丼をぶちまけた。胃から吐くものがなくなっても、吐き気は収まらなかった。涙を流しながら、酸っぱい胃液を吐き続けた。これは彼からの警告だ。それもただの警告ではない。私の日常はもちろん、個人的な趣味を承知したうえで、「自分はいつでも、どこでも、お前を見ている」という宣言をしてきたのだ。
胃液も出なくなり吐き疲れた私は、トイレで便器にもたれた状態で、三〇分ほどいただろう。少しずつ思考が戻ってきた。警察に連絡するということも考えたが、起きたことはフィギュアが一つ増えただけで、これほどのことを仕掛ける以上、侵入の証拠を残しているとは思えなかった。幾人かの友人と呼ぶには薄い人々の顔が浮かび消えていった。親はどちらも既に亡く、兄弟もいなかった。最後に浮かんだのは長谷川の顔だった。
田中の部屋から帰る車中で言ってくれた、「私が誰かに繋げていきます」という声の温かさを思い出していた。
私は、トイレの床に座ったまま、ズボンのポケットからごそごそとスマホを取り出すと、震える指で、電話帳から長谷川の名前を探した。普段ならLPTのアプリを使うところだが、流石にそれを避けるくらいの頭は戻っていた。
電話をかけようと画面をタップしようとしたところで、指が止まった。果たして彼女に連絡すべきなのだろうか? この異常な状況を考えれば、彼女を巻き込むのは得策とは思えなかった。だが、このまま一人でいて、正気を保てる気がしなかった。それに一緒に田中の部屋に行った彼女なら分かってくれるようにも思えた。そのまま数分間、私は狭いトイレの中で考えた挙げ句、彼女の名前をタップした。ほかに頼れる人が思い浮かばなかったのだ。
既に時間は二十二時を過ぎていたが、四コール目で電話が繋がった。電話の向こうに長谷川が居たことと、その声を聞いて、私はほとんど泣き出しそうになった。
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次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。
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