第三十話 引っ越し屋
「あ! あれ?」
と大きな声を出したのは、ドアを開けた人物だった。私の方は驚きで声も出せなかった。
彼は階段を振り返ると、
「おい、誰か居るぞ!」
と声をかけた。どうやら連れがいるようだ。私はようやく体勢を整えると、
「驚かせてすみません。私はLPT練馬支部の伊藤と申します。この部屋の住人、田中一郎氏の担当者です」
と言った。男は私の方に向き直ると、
「あ、伊藤さん?!」
その声でよくよく相手を見直すと、扉を開けて入ってきたのは、私と同じLPT練馬の遺品管の湊進一だった。
遺品管とは正しくは遺品管理課という名称で、LPTの終末期管理部門(ELMD)で契約者の死後、その遺留品の回収を主な業務にしている。通常、契約者が死亡すると三〜四日後には彼らが出張って部屋は空となる仕組みで、タッチの差で私は間に合ったわけだ。
湊とは何度か社内で行われている懇親会で顔を合わせたことがあり、スポーツ観戦が趣味という男だった。湊は追いついて来た相手に向かって、
「緊急対の伊藤さんだよ」
と声をかけた。
追いついた男はまだ二〇代の青年で見覚えはなかった。彼は、
「あ、どうもお疲れ様です」
そう言うとペコリと頭を下げた。湊は、
「こっちは、去年の暮れに入った新人の青木君」
青木と紹介された青年はもう一度ペコリと頭を下げた。二人とも宅配便や引越し業者のようなジャンパーにカーゴパンツという服装でキャップを被っている。いずれも黒ベースの生地に「LPT」と銀の刺繍が入っていた。
「それでどうしたの今日は?」
と湊がもっともな質問をしてきた。私は予め考えておいた通り答える。
「うん、一部私財の確認だよ。スキャンも完璧じゃないから」
「そうなんだ、まあそうだよな。前にもスキャンの方法を聞いたけど、さっぱり分からなかった」
「そんなに難しい話じゃないんだけどね。まずスマートハブで部屋にあるもの全部にナノマーカーを付与して、部屋にあるものを全部資産として登録しておいて、死亡時にはドローンで本当にそれが全部あるのかを確認しているだけだから」
ここで青木が口を挟んだ。
「話は分かるんですけど、なんでそんなことができるのかが不思議で。だって見えないところにあるものまで分かっちゃうんですよね?」
「技術的には、まずスマートハブがLiDARで部屋全体の完璧な3Dマップを作るんだ。潜水艦のソナーみたいなイメージでいい。非線形光イメージングで、壁で乱反射した光を解析して部屋の地図を作る」
「それだけじゃ本棚の奥の方や、引き出しの中にあるものとかは分からないですよね」
「確かにそうだね。だからもう一手間かける。部屋の骨格を把握した後、今度はテラヘルツ波という特殊な電磁波がスマートハブから照射される。これは木材なんかを通り抜ける性質があって、言ってみれば、部屋全体にレントゲンをかけるようなものだ。その電磁波の反射を解析して、引き出しの中みたいな直接見えない場所の情報も補完する。これで部屋の地図が、内も外も完璧に完成するわけだ」
「そういう仕掛けなのか」
湊の声に私は軽く頷き説明を続けた。
「そこまでできたら最後にハブから記録用のRFIDナノタグ、商品名だと『スマート・アセット・マーカー』を部屋中に散布する。このタグは、AIが地図上で識別した全ての物、本棚の本一冊一冊にまで付着して、それぞれのID情報を記録する。僕たち緊急対が飛ばすドローンは、この部屋中のナノタグをスキャンして最初の地図と照合するわけだ」
「なるほどねぇ」
湊が再び合いの手のように言った。もともと最初からそれほど興味がないのだろう。
一方の青木は、違ったようだ。
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次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。
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