第二十九話 田中の部屋 六
田中の部屋は最後に見た時から、ほとんど変わっていなかった。違いがあるとすれば、ベッドの上で青い布に覆われていた彼の姿がなくなったくらいだ。
私は小さな声で「お邪魔します」と声をかけてから靴を脱いだ。長谷川がきれいに整えたままの田中の靴の横に、ひっくり返った私の左の靴が転がった。気にせず部屋に入る。ちらっと天井に据え付けられたカメラが動いているのを確認した。
初めて来た時と変わらず、壁際に据え付けられた本棚には、相変わらず沢山の本と、フィギュアが並んでいた。私は鞄を床に置くと、フィギュアを一つひとつ手に取り、眺め始めた。
実は確認した田中の行動ログには、手元のLEDライトを点灯する以外にも、私の目から見ると怪しい行動があったのだ。それは週に二〜三回の頻度で「本棚とフィギュアの清掃と調整」という記録だった。この記録は田中がこの部屋に住み始めた頃から行われていたもので、AIも居住者の日常的行動として認知していた。
本当は監視カメラの映像を確認できれば早いのだが、一般的な病死の場合、担当者が確認できるのは死から二十四時間以内で、それも相当な事由をAIに提出した上で許可が必要だ。この辺りの契約者のプライベート保護については、LPTはかなり厳密で、生体データのモニターで特別な異常がない限り、担当者であっても監視カメラの映像を見ることはできない仕組みになっている。
したがって今回の田中のようなケースでは、担当者が監視カメラの映像の閲覧申請をしてもまず許可は下りず、余計な注意を惹くのが関の山だった。こうして一人で部屋を訪ねていること自体もイレギュラーなことではあったが、コンビの長谷川はちゃんと早退の申請を出していたし、契約者の遺品について担当者が再確認することは通常の業務範囲だった。なにより時間があまりない。
多くのフィギュアの台座はアクリル製だったが、幾つかのフィギュアの台座にはLEDライトが仕込まれ、下からキャラクターを照らせるようになっていた。私はこのタイプに当たりをつけて作業を進めた。
それは剣司ハリソンの台座に仕込まれていた。
スイッチを押してもライトが光らない。電池ボックスを開けると、少し厚手で、滑らかな手触りの黒い布に包まれた鍵が出てきた。電池ボックスの内側が、何か黒い塗料で念入りに塗りつぶされていることからも、布も含めて、このスペースにはLPTの目を掻い潜るための仕掛けが施されているらしい。私は自分の背中でカメラに死角を作り、その鍵を右手の袖口に滑り込ませた。
やり慣れないことなので緊張したが、なんとか成功させると、今度は袖口から鍵が滑り落ちないように注意しながらフィギュアを元の位置に戻し、作業を再開した。緊張ですぐに部屋から飛び出したい衝動に駆られたが、なんとか我慢して、それから五分ほどかけて残りのフィギュアも確認した。その間にも、うっかり右手を下ろして鍵が滑り落ちそうになる度に、頭を掻いたり腕を伸ばすふりをして防いだ。カメラにどう映って、AIがどう解析するのかが心配だ。
一通り終わったところで、右手をズボンの右ポケットに深く入れ、そこにあるスマホを取りつつ、袖に隠していた鍵を落とそうとした。あれだけ隙を見れば落ちようとしていた鍵が、今度はなかなかポケットに落ちず焦ったが、それでもなんとか成功させると、取り出したスマホで今度は確認を終えたフィギュアを撮影した。これで後で何か聞かれても、「フィギュアの価値評価の確認をしていた」と言える。スマホの画面に映った剣司ハリソンのガッシリした体と精悍な表情、スコープ付きのアサルトライフルを構えた姿は、とても十八歳という設定には見えなかった。ちなみに髪は見事アフロヘアだ。
大仕事を終えて玄関に戻ると、ひっくり返った左の靴を、立ったまま足先で戻して急いで履く。
(終わった!)と思った瞬間、突然ドアが開いた。
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次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。
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