第二十八話 同僚
練馬支社に戻ると、長谷川が待ち構えていたかのように、私のところにやって来た。
「それで、何だったんですか?」
この質問を予想していた私は、事前にあったことを整理しておいたので、比較的スムーズに応えることができた。もちろん、ノートのことは省いてだ。
私の返事を聞いた長谷川は、少し考えた後、
「確かに堤CEOが現場の声を聞くために、時々そうしたことをしているという話は聞いたことがあります。社内報で読んだこともありますし」
と言った。私は全然知らなかったので、ちょっと驚いた。もしかすると今回の件は、ただの偶然だったのかもしれない。そんなことを考えているところへ、
「でも、なんで伊藤さんだったんでしょうね?」
と長谷川が言った。
「現場の意見を聞くというのは分かりますけど、やっぱり人を選ぶ以上は、なにか条件があると思うんですよね。中堅どころといったって、沢山いるわけですから」
「まあ、そうだね」
そう答えながら、なんだか失礼なことを言われた気がした。それについて考えていると、堤がそうした様に、彼女が私の目を覗き込んだ。キラッとその瞳が輝いた。
「なにか心当たりはないんですか? 例えば、あのノートとか?」
心臓が飛び上がった。それでもなんとか動揺が声に現れないように最大限の努力を払い、
「な、なんでそう思うの?」
と応えた。長谷川は視線を私の目から、ノートが入っている鞄に移し、
「伊藤さん、そのノートを読んでから、ちょっと様子がおかしい気がして」
「おかしい?」
「はい、顔色が悪いし、なんだかずっと緊張している感じです」
「そうかなぁ?」
と惚けつつ、なんとか話題を変えたいと思ったところで、長谷川のスマホが鳴った。画面を確認した彼女の表情が曇った。
「すみません、ちょっと出なければいけない電話で」
そう言うと、長谷川は早足で出口に向かって離れていった。
私はホッとしながら、どちらかというと他人に関心がなさそうな彼女が、私の変化をしっかり把握していることに驚いていた。鞄を机に置き、上から中身を覗き込むと、そこには田中のノートが入っていた。
堤が一般社員にヒアリングをしていること自体は、珍しいことではあるが、異例ではないようだ。一方で長谷川の言う通り、「なぜ私なのか」というところには疑問が残る。宝くじよりは確率は高いが、偶然と思うにはタイミングが異常だ。私がこのノートを発見し、そこに書かれた堤の陰謀を読んだ翌々日に呼び出されるなんていうことがあるだろうか?
それに、堤の、「業務中に知り得た情報の共有は大変重要です」という、いかにも含みをもった言葉を思い出すと、とても偶然とは思えない。いわゆる「警告」という奴に思える。しかしそうなると今度は、なぜそんな面倒なことをするのかが分からない。必要であれば私を呼び出すよりも、「ノートを渡せ」と業務命令として指示した方が早そうなものだ。
長谷川が電話から帰ってきたのは、そんなことを考えている時だった。電話に出る時と同じか、さらに曇った顔で、
「すみません、今日は私用で早退させていただきたいのですが」
と言った。この日は通常勤務で差し迫ったこともないので、もちろん私は許可した。
もう少し余裕があれば、彼女の表情から事情などを聞いたかもしれない。しかし私にはその余裕はなかった。
その時に頭に閃いたのは、長谷川がいないこのタイミングを利用して、もう一度田中の部屋に行くことだった。
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次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。
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