第三十一話 分断
「そのナノタグを吹き付けたりって、そんなに簡単にできることなんですか?」
「部屋の数やサイズ、アイテムの量によって使うハブの個数も増やすけど、基本的には四十八時間で完了することになっている」
「その間、住人はどこか別のところに住まなきゃいけないんですよね?」
「そうだね。スキャンの方は人体に無害だけど、ナノタグの方は吸い込むと息に混じって血液に混入するので、スキャンが完了するまではクライアントには家を空けてもらう必要がある」
「血液に混入って、なんだか恐いですね」
「まあ、実際のところは特殊なセラミック素材で、仮に吸い込んだとしてもハウスダストと同じ様に自然な代謝で体の外に排出される。いずれにしろ、全てのものにタグ付けが終わったらハブを回収して完了だ」
これでこの会話は終わりだろうと思った。しかし、青木は続けてきた。
「……でも監視カメラは付けられるんですよね」
「そうだね」
「ずっと誰かに監視されているなんて、気味悪くないですか?」
「それはよく言われるところだね。ただ、監視カメラの映像は厳重に管理されていて、僕のような担当者でも必要がない限り見ることができない」
「それって、本当なんですか?」
そこには今度は見逃せない匂いがあった。私は改めて青木の顔を見て答えた。
「そりゃそうだよ。そこについてはLPTの管理は厳重だよ。君だってベーシックなことは研修で習っただろう?」
「じゃあ、必要な場合というのは?」
嫌な匂いが強くなっていた。私はもう一度青木の顔を見据えて、努めて冷静に答えた。
「その死が自然なものではないと疑われるに足る理由がある場合。つまり事故や事件である可能性がある場合だけだ。そしてその判断をするのはAIだ。AIはクライアントが死ぬまでの生体データをモニターしている。そこで不審と思われる場合は、ADNR契約であろうがなかろうが、警察や救急に通達がいく」
「そこまでAIを信じていいんですかねぇ」
「信じる信じないじゃない。生体データのログ自体は残っていて、これはLPTだけじゃなく救急とも共有している。万が一にもAIの判断がおかしければすぐ分かるよ」
「でも、そもそもその生体データ自体が、AIによって書き換えられていたらどうなんですか?」
なるほど、随分LPT陰謀論の勉強をしているようだ。
しかし陰謀論ということであれば、私のほうがずっとコアだった。私は青木がふっかけてくるテンプレ的な陰謀論に腹が立ってきていた。(こっちはそれどころじゃないんだよ!)という気分だ。
「おい、青木。くっちゃべってないでトラックを探しに行けよ。どこかで迷ってるかもしれないだろ」
湊の声に青木は一瞬、何か言いかけたが、「分かりました」と答えると、足早に階段を下りていった。
「悪かったな、うちの若いのが。……あいつも色々あるみたいでさ。どうも親がかなりのアンチらしくて大変らしいんだ」
青木への怒りが急速に冷めた。湊が合いの手のような返事をしていたのは、青木の事情を知っていて、話題を変えようとしていたのだ。同時にLPTという企業が作り出した新たな社会の断絶を、改めて感じていた。
既にグローバル企業となって久しいLPTだが、その事業内容については非難の声が強かった。それは次第に大きくなり、今では人権団体や宗教団体を巻き込んだ、大規模な反対運動になっていた。
それぞれ立場が違う彼らの主張を要約すると、「命は神、あるいは自然から与えられたものであり、その終わりを人間やシステムが計るべきではない」という、生命倫理の根幹を問うものだった。
「LPTのサービスは、本人の意思を尊重するという名の下に、『生きることを諦める選択』と『緩慢な自殺』を助長し、社会全体から生の尊厳を奪う」
そう彼らは訴えていた。
こうした声が、LPTの活動自体を制限することはなかった。一方で、その倫理的な問いかけや非難の声は、その従業員に向けられることになった。特にネットでのバッシングは激しく、私たちに対する差別的な発言や悪罵は酷いことになっていた。それは、契約者対非契約者という構造にまで及び、思想対立の様相を帯びてきていた。
「だから勘弁してくれ」
湊の声に私は曖昧に頷きながら、ズボンの上からポケットの中の鍵を触っていた。
「で、なにか見つかったのか? AI様が見逃したお宝とか?」
重くなった空気を振り払おうとしてか、ことさら軽い口調だった。
私はその意を汲んで、できるだけ普段の口調で返事をした。
「いや、一部のフィギュアが限定品か普及品かが気になって確認に来たんだけど、記録通り普及品だった」
「まあ、AIっていうのは人間が思うようなミスはしないもんだからな。その代わり、あいつらは息を吐くように嘘をつくから」
湊がそう言った時、青木に誘導された自動運転のトラックが、バックアラームを鳴らしながら狭い道を入ってきた。
「やっと来たか。こりゃ、あんまり長くは止められそうにないな。おい、青木! 早回しでやるぞ。スーツを着ておけよ」
青木の声に湊は頷くとトラックの荷台に飛び乗った。小気味のいい動きだった。
「彼、働き者だね」
「まあ、若いから体力があるよ。一方こちらは年ばかり食って、アシストスーツを着ても体に堪えてな。特に死んだ人間専用の引っ越し屋は」
湊は私に軽く手を上げて階段を下りると、青木に続いて荷台に向かった。
階段の下に止まったトラックの荷室の屋根には、黒地に銀文字で「LPT」というロゴが大きく入っていた。私にはそれが巨大な棺桶に見えた。
パワーアシストスーツを装着した湊たちが荷台から出てくるのを見ながら、私はポケットから鍵を出した。見たところ、何の変哲もない鍵だった。一体どこの鍵なのか。今のところ、見当もつかなかった。
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