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理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第二十四話 呼び出し

 大手町にあるLPT本社の本社ビルは、周囲の歴史あるビル群の中でもひときわ高く、エコを重視して窓と壁の全面に太陽光パネルを採用した結果、真っ黒なビルとなっていた。口さがない者からは「丸の内の墓石ビル」と呼ばれていた。寝不足と緊張でふらふらの私には、一層は高く黒く見えて今にも踏み潰されそうな気がした。


 スマホを入口のゲートにタッチするとバーが開いた。

 私は昨日の電話で言われた通り受付に向かい、カウンターの中にいた人間の受付嬢に所属と名前を伝えた。時間は午前十時ちょうどだった。

 二分ほど待つと、いかにも秘書然とした女性がフロアに現れた。


「お待たせしました、練馬の伊藤さんですね? 私はCEO付きの秘書をさせていただいている佐藤由美です。こちらにいらっしゃってください」


 踵を返すとそのまま歩き出す彼女を慌てて追いかける。


「あの、CEO付きのということですが、私が会うのは……」

「CEOの堤です」

「!!! あ、あの、それで私にどういったご要件なのでしょう?」

「直接聞いてください」


 そう言うと佐藤は重役専用エレベーターの中に乗り込む。仕方なく私が続くとすぐに扉が閉まり動き出した。

 階数を示す数字が急速に増えると同時に気分が悪くなった。慌てて目をそらし代わりに少し前に立つ佐藤を見る。身長は一六〇センチ弱、中肉中背で歳は三〇代後半だろう。髪は短く、イヤリングやネックレスはシルバー、背筋がピンと伸びていて百メートル先から見ても秘書だと分かるタイプだった。

 そこまで考えてもエレベーターの表示はまだ二十四階だったので、昨日以来ずっと考えていることについて考え始めた。

 LPTに勤め始めて十一年になるが、CEOに直接会ったことはなかった。そもそも社内で堤と会えるのはごく限られた上層部のメンバーのみで機会も限られていた。そのCEOが、支店の平社員を呼び出す理由はなにか? 馘首ならわざわざ呼び出す必要はない。そう考えると鞄を握る手に力が入った。一昨日、ノートの秘密が分かって以来、ずっと持ち歩くようにしていた。


 エレベーターの扉が開くと、そこにはキャッチボールができそうなくらいの巨大な空間が広がっていた。部屋の左右はガラス張りで、その向こうには皇居や国会議事堂までが見渡せた。気持ちに余裕があれば富士山も見えたはずだ。その窓を背中に、長いテーブルと椅子が整然と並べられていた。

 この部屋の主である堤は、奥の応接セットで誰かと向き合って座っていた。

 佐藤に促され左右に並ぶ無人のテーブルの間を抜け、応接セットに近づく。すると私たちの接近に気がついたように堤が立ち上がり、私に向かって微笑んだ。


「伊藤さん、お忙しいところご足労いただいてすみませんね」

「いえ、とんでもない! 全然忙しくないので大丈夫です!」


 堤は間抜けな従業員の返事を咎めることなく、もう一人、応接セットに座っている人物を紹介した。


「こちらは上杉先生です。ご存知ですよね? 我が社のデータ管理最高責任者、CDO(Chief Data Officer)をお願いしています」


 白髪に白い髭を蓄えた上杉は、座ったまま私の方を見ると軽く頷いた。上杉は創業以来の生え抜きで、LPTの急成長を支えた伝説的なSEとして業界では有名人だった。もう七〇代半ばのはずだが歳の割には背が高く、パリッとしたスーツを着こなし若く見える。銀縁の眼鏡の奥に見える目には鋭いものがあった。


「佐藤さん、ご苦労さまでした」

「はい、失礼します」


 お辞儀をしてエレベーターに向かう佐藤を目で追う。知り合いというには程遠かったが、ここに一人で置いていかれるのは心細かった。

 佐藤が乗ったエレベーターの扉が閉まると堤が口を開いた。


「伊藤さん、今日ここにお呼びしたのは現場の率直な意見を伺いたかったからです。こうしたことは頻繁ではありませんが定期的に行なっているもので、緊急対応部に限らず各部からキャリア十年位のベテランの方をお呼びして、直接、私がざっくばらんにお話を伺うようにしているんです。まあ、まずお座りになってください」


 私が一瞬考えてから、堤の反対側に座っていた上杉の隣に向かおうとした。


「ああ、どうぞこちらに座ってください」


 堤が座面をポンポンと叩き、自分の横に座るように促してきた。


「いや、それは……」

「どうぞどうぞ、私の隣に」


 結局私はノロノロと言われるままに座った。今、私の隣に座っているのは指折りのグローバル企業のCEOであり田中によれば永遠の命の独占を目論む悪の化身だった。ちらっと横目でその姿を見る。四〇歳を超えたくらいのはずだが、ネットで初めて見た時と印象は変わらない。髪はキチンと七三に分けられ、襟足がきれいに整えられている。中肉中背で定期的にジムワークをしているのだろう、引き締まった感じだ。仕立ての良いスリーピースのスーツを着ていて、微笑を湛えた目が時折糸のように細くなる感じが良い人だった。

 ただひとつ、猛烈な違和感があった。

 匂いが全くしないのだ。

お読みいただき、ありがとうございました。


完結後に修正をしています。


よろしければブックマーク、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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