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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第二十一話 調査 二

「本当に大丈夫ですか?」


 その声に私はハッとして、長谷川の顔を見返した。


「……ああ、大丈夫。少し寝不足なだけで。気にしないで」


 訝しげに見る長谷川を振り切るように、目の前のPCに目を向けた。その様子に、彼女は不承不承自分の席に戻った。

 正直に言えば、会社に来る気分ではなかった。しかし「まずは田中という人物のことを調べよう」と思い出社した。彼の文章を信じたわけではなかったが、無視することはできなかった。幸い私は担当であったので、彼のデータを調べても不審な点はなかった。

 長谷川が声をかけてくるまで、私はその作業に没頭していた。

 午前中いっぱいかけて調べた結果、データの上で特に不審な点はなかった。ノートには「自分はLPTに監視されている」と書かれていたが、見る限りそんな様子はなかった。

 分かったことは、彼がかつてLPTの前身であるライフテック(LT)社でプログラマーとして務めていたこと。大学時代は数学科と天文学を専攻し、博士課程まで進んでいること。ライフテック社を辞めてからは、フリーの編集者として、自分の専門分野の書籍の編集やライティングをしていること。そして昭和のまだ「マイコン」と呼ばれていた時代のレトロPCや、アニメに関するマニアックな書籍を出していることなどだ。

 こうした経歴以上に、私にとって田中という人物を知る手がかりになったのは、資産情報に記されていた蔵書リストだった。


 実は私は担当の蔵書リストを見るのは密かな楽しみだった。モニターに表示される本のタイトルや書誌情報には、それを持っていた人物の人柄が透けて見えたからだ。別にそれは田中に限ったことではなかった。

 田中の蔵書は、様々なジャンルに及び、仕事に必要であろう宇宙工学や天体力学、電波天文学に関する書籍が多く、次に多かったのはプログラムと短波無線に関するもので、こちらもかなり専門的なものが多く含まれていた。その他はプラモデルの制作に関する技術書が多かった。一般書はノンフィクションが多く、その多くが第二次世界大戦における日本軍の研究書だった。


 フィクションの小説やコミックスは電子では相当な数だったが、本棚に収められたリアルの本は意外に少なく、それが厳選された結果であることが伺われた。その他は量子論や脳科学の本や仏教書、昭和のカルチャーに関する本が多かった。もちろんグレンガーディアン関連の本は多かった。

 本のジャンルがあちこちに分散している一方で、各分野が網羅的にまとめられていることから、独自の思考体系を持っていることが伺われた。他人にとってはバラバラで関連がないように見えるが、持ち主にとっては一貫性があるのだ。これらの本は、田中の頭の中にある巨大なジグゾーパズルを組み上げるためのピースなのだ。

 その結果出来上がった成果物は、細部まで行き届いていて隙がない。それは遺されたノートの二次創作や秘密の文章からも伺われた。ノートの緻密な文章に、ほとんど書き直しの跡がなかった。それは田中があらかじめ頭の中で文章や構成を完成させてから、それを順番に文字にしていき、その時々に蔵書から必要な資料や数字を探し、文章にしていたのだろう。


 映像ソフトもあったがこちらも数は少なく、洋画とアニメが数本ずつだった。田中の性格からすると映画や音楽についてもそれなりのコレクションがあったと考えられるが、どこかの時点でオンデマンドを利用することに切り替えたように思えた。それが狭い部屋を有効活用するための工夫だったのだろう。私もそうだった。

 その他に分かったのは、セミプロのモデラーであったことだ。資産の記録を見ると、完成したほとんどの作品を、ネットオークションで売ることで利益を出していた。基本的には市販のキットを組み立てるだけのものだが、丁寧な塗装に定評があり、定期的に購入するファンもいたようだ。


 しかし、ここにはLPTや、堤に関する本や資料は一冊もなかった。

 分からなくなった私は、次に田中の日常行動を記録したテキストログを見ることにした。


【AIによる田中の行動記録】


田中一郎:週間行動記録(AI解析レポート)

対象者:田中一郎(契約者ID:NS2876713J)

二〇三四年X月X日(月):【判定:平常】逸脱スコア3%

 起床時の生体データ(心拍65BPM、ストレスレベル安定)、睡眠時間6時間42分ともに異常なし。午前は公園散歩・スーパー買い物(過去平均と98%一致)。午後は自室でプラモデル製作。14:45、精密作業のため照明を卓上LEDのみに変更。夜間はPCで80年代アニメ視聴、その後万年筆でノート執筆。全ての行動と生体データが確立されたプロファイルと完全一致。趣味に没頭した平穏な一日。


二〇三四年X月X日(火):【判定:平常】逸脱スコア5%

 起床・睡眠パターン異常なし。09:30〜17:30外出。クレジットカード・GPS履歴より、神保町駅・古書店街・国立国会図書館での資料収集を確認。夜間は再度手書き執筆活動(21:05開始、22:15に照明パターン変更)。全ての行動が編集者・モデラーとしてのプロファイル内で合理的に説明可能。資料収集に基づく創作活動への没頭と判定。


二〇三四年X月X日(水):【判定:平常】逸脱スコア4%

 起床・睡眠パターン異常なし。…………

お読みいただき、ありがとうございました。

次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。


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