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理想の孤独死【完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


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第二話 伊藤の業務

 私はその時、ぼんやりとスマホを眺めていた。半日待機明けの夜勤で、やることもなく眠かった。とはいえ勤務中に寝るわけにはいかず、幾つかのニュースサイトを巡回していた。もう一度、同じループを始めようとしたところで、デスクのPCからアラームが鳴った。


 モニターに目を移すと、アラームの主の名前や住所、契約状況などが表示されていた。二つデスクを挟んだところにいる長谷川が、同じようにモニターを見ながら言った。


「練馬区田柄五―二―一四 田柄荘2Bです」


 事務的な口調で、さほど大きくない声だったが、女性にしては背が高いせいか、よく通った。オフィスには他に誰もいなかった。ペアのモニターは同期されていて、同じものが見えている。


 私は、「うん」と答えながら、デスクの下からハードケースを取り出した。


 ケースを開く間もなく、モニターの右上に小さなスクリーンが現れた。救急センターからの着信だ。マウスでクリックすると、8Kなのに妙に輪郭が滲んだ男の顔が映った。


「こちら練馬中央救急の渡邉です。先ほどそちらで契約されている田中一郎さんからの信号を受信しました」


 長谷川のモニターからもユニゾンで響き、オフィスに木霊した。


「はい、こちらはLPT練馬の伊藤です。こちらでも確認しています」


 私はそう答えながら、モニターに表示された現場までのルートと、所要時間を確認した。


「――これから出ますので、現着は……一時過ぎになると思います」


「分かりました。こちらもそのくらいの時間には着くと思いますので、現地でお願いします」


「了解です。では後ほど」


 通話を切り、改めてケースの中身を確認する。そこにはタブレット端末をはじめ、色々なアイテムが綺麗に収まっていた。念のためバッテリーを確認していると、もう長谷川はオフィスの出口に向かっていた。


 私は、彼女が入社以来のペアで、そろそろ一か月が経っていた。どちらも口数が少なく、仕事以外の話はほとんどしなかった。社歴が長い自分は指導役なので、慌てて彼女の後を追うようなことはしたくなかった。私は心持ち厳かにケースを閉めた。中の空気が抜ける、ボスッというくぐもった音。パチン、パチンと留め金を閉める小気味のいい音。それらを味わってから、長谷川の後を足早に追った。




 私が事務所の扉を閉めた時には、彼女はもうコートを着て、地下駐車場へ下りるエレベーターに向かっていた。私はハンガーに掛けていた、グレーのジャケットを羽織りながらついて行く。胸ポケットに小さく「LPT」と銀の刺繍が入っていた。


 長谷川に追いついたのは、エレベーターの中だった。


 扉を開けて待っていた彼女に「ありがとう」と声をかけながら乗り込む。すぐにドアが閉まった。二階のオフィスから地下一階へ。二階分の沈黙があった。思えば彼女とはエレベーターで話したことがなかった。


 白々としたLEDの明かりに、長谷川の長身が映えた。名前は覚えていないが、少し前にテレビでよく見た女優に似ているかもしれない。


 地下駐車場に着くと、一台だけハザードランプが点滅している車に向かう。先に立って歩く長谷川が尋ねてきた。


「運転は?」


(自動運転に運転もないだろう)


と思いつつ、


「お願いします」


と答えた。後輩に対しても敬語を使う自分にいらいらした。


 運転席に乗り込んだ長谷川が、素早くイグニッションボタンを押す。ハザードランプが消え、ダッシュボードのモニターに目的地までのルートが表示される。水色の髪をした少女、アイラが現れるが、音声は切っていたので車内は静かだった。


 長谷川がタッチパネルを数回操作すると、ハンドルに手を置き、アクセルを踏んだ。静かに車が動き始める。彼女の女性にしては大きめな手の中で、ハンドルがクルクルと回る。車が地下の駐車場から地上へとスムーズに進む。


 機能的には、アクセルを踏めば目的地に着くまで何もすることはない。だが法令上、「運転手は走行中はハンドルに両手、ないしは片手を添えること」となっていた。


 助手席の私は、長谷川の手の下でスルスルと回るハンドルを眺めながら、(親父が乗ってたカローラとは随分違うな)と思っていた。深夜の道は空いていた。




 到着したのは一時過ぎだった。既に救急隊の電動バイクが止まっていた。長谷川と一緒に車から降りて近づくと、


「どうも、ごくろうさまです」


と声をかけてきた。それは先ほどPCの小さなウィンドウの中で見た渡邉だった。やっぱり、どこか輪郭が滲んだ感じがした。


「救急の渡邉です。道が空いていたので早く着きました。いや、寒いですねぇ」


 なんだか声も少し滲んでいる気がした。


「ごくろうさまです。LPTの伊藤と長谷川です」


 私と長谷川が、自分のスマホにLPTの身分証を表示して彼に見せると、それを自分のスマホで読み込んだ。ピピッと小さな電子音に頷く。


「はい、確認しました。私のは……」


 そう言いながら渡邉が、自分のスマホに身分証を表示する。今度は、私たちがそれを読み込む。同じようにピピッと音がして、(確認済み)という表示が現れた。


「こちらも確認しました。ほんと、寒いですねぇ」


 私はそう答えながら、目の前にある古びたアパートを見た。

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