第十六話 田中のノート
二日後、出社すると机の上に封がされた段ボールの箱が置いてあった。ラベルを見ると、遺品管理部からのものだ。メモ欄にはこうプリントされていた。
「保険番号NS二八七六七一三J、田中一郎氏の遺品。AI価値判別不能につき担当者による判断を要する」
原則的に契約者の全ての資産は、契約者が死亡すると、一旦管財人としてLPTが収蔵する。そこからそれまでに掛かった管理費や手数料が差し引かれ、その上で法律と遺言状に従い遺族に譲渡される。
現金や金融資産以外の所持品についても同様だ。特に指示がないものについては、LPTの資産管理部で査定と処理がされ、オークションに回されたり、専門業者に卸されたりする。もし手持ちの資産が管理費や手数料が賄えない場合は、所持品の売却益をもって補完される仕組みとなっている。LPTは契約者の、あらゆる資産状況を把握しているので、基本的に取り逃がすことはない。
また契約者が過剰に浪費をし、死後の請求に支障が出るような経済状態になるとシステムから警告が入る。資産運用は常にAIによるチェックとアドバイスが行われるのだ。それでも改善しない場合は、カードやデジタル資産の使用に制限が掛けられる。最終的に回収の見込みが立たなくなると、そこで契約が解除される。その際は契約者はほとんど身ぐるみを剥がされることになる。契約書では「身ぐるみを剥ぐ」とは書かれていないが、同じことだ。
こうした作業はAIによって、自動処理されている。それでもなかにはAIでは判断がつかないものがあった。そうしたものの多くは手書きによるテキストだ。その内容は日記やメモ、創作物などが多かった。もちろんPCやスマホなどを使って書かれたテキストの方が多い。こちらについては簡単にAIに任せられる。
ノートや日記帳に書かれた手書きのテキストについても同様だ。AIによる文字認識精度は極めて高く、なかでもLPTのAIはずば抜けて優秀だった。
基本的にはそうしたものは、裁断されたうえでスキャンに掛けられる。その内容は多岐に及び、個人史や小説、漫画、論評、作詞、作曲、シナリオ、戯曲、発明品、商品企画と様々だった。もちろん、読み込みミスもあり、手間が掛かるのだが、LPTでは可能な限り実行されていた。
理由は、ごく稀にだが、そうしたもののなかに「お宝」があったからだ。スキャンの結果、AIが「価値あり」と判断したものは、コンテンツ部に回される。そこで編集やプロデュース方法、マーケティングが検討される。その結果、莫大な利益をもたらす作品が、少なからずあったのだ。実際、ここ数年のベストセラーには、LPTが「発掘」した、無名の死せる作家によるものが含まれていた。それらはドラマや映画、アニメ、舞台、音楽などの様々なコンテンツへと姿を変えた。世界的なヒット作になる作品もあった。その印税は生前の契約に準じて遺族に支払われる。無論、LPTの取り分の方が多かった。
堤はこの事業について、
「故人の死とともに、埋もれてしまうはずだった数々の作品を、完成させるお手伝いをさせていただければ」
と殊勝に語っていた。
不思議なのは、そうしたヒット作品が現れる頻度が、デジタルのテキストよりも、手書きのものが多いことだった。ある批評家は、その理由を、
「手で文字を『書く』行為と、キーボードで『打つ』のでは、著者が文章に向かう姿勢が根本的に違う。それが作品の質にも影響するのだ」
と説明した。その妥当性については分からないが、ただ事実としてそうした傾向はあった。
こうした過程の中から漏れて、担当者に回ってくるのは、その記録媒体、つまりノートなりに特殊な装丁が施されているケースが多かった。AIが、そのまま裁断処理することが、中身の価値を含めて毀損する恐れがあると判断した場合、一度、担当者に回されるのだ。
箱の中に入っていた、田中のノートがそれだった。
「珍しいタイプのノートですね」
と長谷川が言った。いつの間にか私の後ろに立っていた。
確かにそのノートは珍しかった。ガッチリとした革表紙には向かい合ったドラゴンが薄く浮かび上がり、中央にトルコ石のようなものが埋め込まれている。裏表紙から表表紙に革のバンドが渡され、真鍮製らしい凝った留め具が付いている。背表紙にはペンを二本差し込めるホルダーがあり、細身の万年筆とペンライトが差し込まれていた。恐らく手製の装丁で、随分手間を掛けたのだろう。
「随分趣味性の高いノートだね」
私はそう言いながら、机の引き出しから出した、白い手袋を着けていた。遺品に触れる時に定められたプロトコルだ。幸い留め具はロックされておらず、カチリと音を立てると簡単に開いた。最初のページには大きな字で、
「完全版 超空豪神グレンガーディアン 田中一郎著」
と書かれていた。
(痛い)と思った。(田中氏、痛いぞ)と。後ろで長谷川がコホンと小さく咳払いした。
「グレンガーディアンって、この間、田中さんの部屋にたくさんあった、女の子のロボットが出てくるアニメですよね」
「そうだね」
その時、私は田中の部屋で長谷川に熱く語った、ロボットとアンドロイドの違いについての説明の意味を考える余裕はなかった。
パラパラと数ページ捲っただけで私には分かったのだ。ここに書かれているのは、グレンガーディアンの補完ストーリーだった。打ち切りが決まった結果、四話を残し唐突なラストを迎えることになったグレンガーディアン。それを田中が個人的に補完したのだ。
私は一気に熟読したい衝動を抑え、できるだけそっけなくページを捲った。後ろの長谷川が気になる。自分の席に戻って欲しい。だが、なにか私の言葉を待っているようだった。しかたなく、私は目で文章を追いながら話した。
「まああれだね。いわゆる二次創作という奴だね」
「二次創作?」
「グレンガーディアンを題材に、田中が自分で創ったお話だよ」
背後で長谷川が、不思議そうな声を上げた。
「なんでそんなもの書いたんですか?」
「それは好きだからだろう」
「好きだから?」
「そう」
「それって、ちゃんとした作品なんですか?」
今ひとつ長谷川の質問が掴みきれなかった。
「あー、まだちゃんと読んだわけではないけど、それなりに書けているようだね」
「でも、グレンガーディアンは昔のアニメで、田中さんが書いた作品ではないんですよね?」
「それはそうだよ。田中はグレンガーディアンを観ていたファンだったわけだから」
「じゃあ、なぜ田中さんはグレンガーディアンのお話を書いているんですか? 自分の作品でもないのに」
このまま話を続けても、会話が噛み合わないことが分かった。田中がなぜこれを書いたのか。いや書かざるを得なかったのか、その動機や熱量を長谷川に話しても、決して理解させることは不可能だろう。ではどうすればよいのか?
振り返ると、そこには予想通り真面目な顔をした長谷川が立っていた。その表情から彼女が馬鹿にしたり、からかったりしているのではないことが分かった。その様子に、私が(無駄でもできるだけ説明してみよう)と、意を決して口を開きかけたところで、長谷川が先に口を開いた。
「で、結局、価値はありそうなんですか?」
(ある)
私は心の中で即答した。しかし、実際に口にしたのは、
「あー、微妙なところだね」
という言葉だった。
「よく書けてはいるようだけど、かなりマニアックな内容だから読者は限られると思う。もちろん最終判断はコンテンツ部がするわけだけど、権利関係も面倒だしね」
その説明で、彼女がおおよそ知りたいことは分かったようだった。
「じゃあ、後はコンテンツ部判断ということでいいんですね。私も送るものがあるので、よかったら一緒に送っておきますよ」
と言った。私はやや慌てて、
「あー、いや、いいよ」
「どうしてですか?」
「念のため僕の方で、もう少し読んでから送っておくよ」
長谷川は、
「……そうですか」
と言うと、自分の席に戻っていった。
田中氏が遺したマニア心の集大成を見届けるのは、同じグレファである私の使命だった。
私はノートの自宅持ち帰りを申請すると、その他の優先事項の高い業務を片付けて定時に会社を出た。翌日は代休を取ったので田中の想いに付き合える時間は十分あった。
オフィスを出る時に、背中に長谷川の視線を感じた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回は明日の11時ごろの更新を予定しています。
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