第十三話 LPTの成り立ち 六
当然、ADNR法は国民的大議論を巻き起こした。
ADNR法。
Advanced Do-Not-Resuscitate:事前蘇生拒否指示の保護法。
少子高齢化に悩む世界中が、その成り行きに注目した。それは、人類がかつてない「長寿」を手に入れた先にあった、未知の問題だったのだ。
結論から言えば、法案は通った。大きな争点となったのは、
「これは自殺幇助ではないか?」
ということだった。
これに対してLPTを中心とする推進派は、次のように主張した。
「自殺幇助とは、自殺の意思がある人間に対して、その自殺を容易にするための手助けをするものである。ADNR法が適用されるのは、病気や事故が死因であるケースであり、自殺の定義には当てはまらない」
つまりLPTは、契約者の意思に従って死を見守るだけで、その過程になんの影響も与えていない、というわけだ。反対派はこれに対して、次のように反論した。
「契約者が積極的な延命措置を求めないということ自体が自殺である。これを分かっていながら何もしないという不作為自体が自殺幇助である」
と。LPTはこれに、
「治療を拒否する権利と自殺をする権利は法律上別のものである」
と応じた上で、
「ADNR法が守るのは、契約者本人が病気や事故によって引き起こされる死のプロセスにある際に、『蘇生処置という医療行為で介入しないで欲しいと』いう個人の権利の主張である。これは自己責任の範囲である」
とした。さらに自殺を危惧する声については、
「弊社のシステムが運用された場合、カメラや生体情報から契約者がなんらかの自傷行為や毒を摂取したことが確認された場合、直ちに救急処置が行えるよう関係機関に通報する」。したがって自殺防止に役に立つものであると確信している」
と回答した。
自己責任という言葉に弱い国民性なのか、
「LPTと契約をするかしないかは個人の自由意志である。それは自己責任の範疇にある」
そういう声が高まった。また、ADNR法についても、
「この法案は個人が如何に生き、死ぬのかという幅を広げるものであり、狭めるものではない」
といった肯定的な意見が主張され始めた。
こうした流れとは別に、法案成立に向かう布石があった。四年前にLPTが主導して成立した「孤独死対策法案」の存在だ。
法案が施行されると、懸念された事故がほとんどなかった代わりに、別の問題が浮かび上がってきた。それは、LPTの見守りサービスに加入する際に求められる、リビング・ウィルに関係することだった。
リビング・ウィルとは、自分が回復の見込みのない状態になった時に希望する処置などをまとめた事前指示書だ。この時に、少なからずの人が「不必要な処置を希望しない」と書き込んだ。だが、法的にリビング・ウィルをどう扱うかは明確な規定がなかったのだ。これが原因で救急の現場では深刻な問題が発生していた。
「なにを以て『要』であり『不要』であるか?」
この重要な判断を担わされたのは通報を受けて、現場に到着した救急隊員たちだった。処置について契約者と最終的な意思の確認ができない状況で、彼らが要不要の判断をすることになったのだ。その結果、問題が続発した。救急処置をして命を救ったはずの患者や親族から訴えられる。逆に必要な処置を怠ったと遺族に訴えられる。皮肉なことに緊急処置の技術が進んだことが、より問題を複雑にしていた。ADNR法が議論されていた頃には、さらに現場の状況は悪化し、救急隊員を希望する者も激減していた。その結果、一般の救急出動もまともに機能しない状態になっていたのだ。
LPTはこの問題自体には不干渉の立場を取りつつ、その解決には、
「自分たちの技術が有効だ」
と主張した。曰く、
「弊社が提供するチップ(LGI)は、改竄不可能なデジタル署名としてADNRの意思を記録が可能である。法案が成立すれば、心停止の際に、その法的に有効な意思表示を救急隊に、瞬時にかつ自動で伝達するシステムを実装する用意がある」
と。そして彼らは、あらゆる機会をとらえて、
「法案が成立こそが、現在現場で起きている深刻なトラブルの解決法である」
という主張を展開した。救急や医療の現場から、このLPTの主張を危惧する声がなかったわけではない。「マッチポンプではないか」という声もあった。しかし、それよりもこれを、『現実的な選択肢だ』と受け止めた者も多かった。それほど彼らは疲弊していたのだ。なかには「まず、害をなすなかれ」という、ヒポクラテスの誓いを引用してADNR法に賛成する者もいた。
もちろんマスコミと世論は、まるでそうすることを楽しむように、百家争鳴、右へ左へふらついた。そのなかでSNSを中心に現れたフレーズがあった。
「NO SOUP!(スープになりたくない!) 」
要するに死後、『自分が異臭を放つ液体にはなりたくない』ということだ。孤独死対策法案時と根っこは同じものだった。ほどなくこのフレーズは自己責任論と融合した。
「NO SOUP! YES MY CHOICE!(スープになりたくない! 私の選択!)」
国会前に、この一対のフレーズを叫ぶ人が一〇万人(主催者発表)集まった。
結局、ADNR法は、提出から五年で成立した。そこに、「個人の尊厳」と「救急現場の保護」という二つの大義名分があったのは確かだが、LPTと堤の巧みなロビー活動と、マスコミの操作があった。
LPTは施行の翌日、サービスを開始をアナウンスした。その時には、当初の「尊厳のある孤独死サービス」という名前は改められていた。
「MY DIGNITY(マイディグニティ:私の尊厳)」
彼らはそう名付けていた。




