第十二話 部屋 五
早く仕事を終わらせて帰りたかった。
「それで、他に変わったことはあるのかな?」
「他には特にないですね。金融資産を合わせて大体五〇〇万円くらいです。……ご遺体はどうしますか?」
私はベッドに横たわる田中をちらっと見る。
「今からガタガタするのも近所迷惑だろう。現状保存して、あとは朝イチの手配にしておこう」
私は自分が持ってきたケースの中から一〇センチ四方に折り畳まれた、白いブランケットを取り出した。CGB(Cryo Guard Blanket:クライオガード・ブランケット)と呼ばれるそれを、田中の足先から広げて体を覆い始めた。私の様子を見た長谷川がドローンを片付ける。
ブランケットを顔のところまで引き上げ、改めてその顔を見直した。表情は穏やかで、七十二歳という年齢よりは若く見えた。薄い口ひげに僅かに白髪が混じり見開いた目には部屋の明かりが虚ろに写っていた。私はその目を閉じると、一気に頭まで白い生地を引き上げて全身を覆い端についたタグを指で押し潰す。
プスっという音とともに中に仕込まれた冷却剤が働き始め、布地の色が白から薄い水色に変わった。その冷気に思わず体が震えたが、田中が文句を言うことはなかった。
「この季節なら一日は余裕で保つだろう。じゃあ、帰ろうか」
「はい」
玄関で靴を履き、ドアに手をかけた彼女が、不意に後ろの私に向き直った。
「それで?」
「うん?」
ようやくこの場から離れられると思っていた私の間の抜けた返事を聞き流し、長谷川がグッと私の目を見た。
「ロボットとアンドロイドの違いは何なんですか?」
そうだった。随分な熱弁を振るったにも関わらず、私は彼女が尋ねたロボットとアンドロイドの違いについて答えていなかったのだ。慌てて頭を整理して、できるだけ簡単明瞭な答えを考える。
「――簡単に言うと、ロボットは人間が操作したり、プログラム通りに動く機械。アンドロイドは、見た目も動きも人間と区別がつかないようなもので、高度な人工知能を持つもの……かな。クララの場合は、見た目も人間そっくりだし、感情もあるので、いわば生体アンドロイドだな」
「よく分かりました」
長谷川は軽く笑いながら部屋を出ていった。
「まあ、細かい話だけどね」
言い訳のようにそう呟いたところで、視線を部屋に戻す。田中の遺体を覆う薄水色のブランケットが、LEDライトの下に輝いていた。それは祭壇のように見えた。この部屋にあるフィギュアや本は田中が何年も掛けて選りすぐったものだ。その全てが彼のパーソナリティを映し出していた。ライトに照らされたフィギュアたちが、今は亡き主を見守る番人のように見え、それはかつてファラオが埋葬された墳墓のようにも思えた。
ドアを閉めると、カチリとロックする音がした。すぐに部屋のライトが消えるのが分かった。




