第十二話 田中の部屋 五
話すことへの高揚感は完全に消え失せていた。早く仕事を終わらせて帰りたかった。私はできるだけ平静を装って、
「それで、他に変わったことはあるのかな?」
と尋ねた。長谷川がPCの画面を見たまま答えた。
「他には特にないですね。金融資産を合わせて大体五〇〇万円くらいです。……ご遺体はどうしますか?」
私はベッドに横たわる田中を見た。
「今からガタガタするのも近所迷惑だろう。現状保存して、あとは朝イチの手配にしておこう」
そう言いながら、私は自分が持ってきたケースを開けると、中から一〇センチ四方に折り畳まれた、白いブランケットを取り出した。CGB(Cryo Guard Blanket:クライオガード・ブランケット)と呼ばれるものだ。それを田中の足先から広げて体を覆い始めた。私の様子を見た長谷川もドローンを片付け始めた。
ブランケットを顔のところまで引き上げたところで、改めて田中の顔を見直した。まだ死後硬直が始まっていない。その顔は、七十二歳という年齢よりは若く見えた。この仕事を始める前は、心筋梗塞と聞くと酷い形相を想像していた。だがほとんどの場合は穏やかな表情だった。
薄い口ひげに僅かに白髪が混じっていた。渡邉が閉じ忘れたのだろう、見開いた目には部屋の明かりが虚ろに写っていた。私は右手で軽く瞼に触れて目を閉じた。それから白いハイテク製の合成素材を、一気に頭まで引き上げて全身を覆う。端についたタグを指で押し潰すと、プスっという音がした。
このブランケットはLPTの標準装備の一つで、ちょうど使い捨て懐炉の逆バージョンだった。中に仕込まれた冷却剤が遺体を冷やし始めると、布地の色が白から薄い水色に変わった。その冷気に思わず私は震えたが、田中が文句を言うことはなかった。
「この季節なら一日は余裕で保つだろう。じゃあ、帰ろうか」
「はい」
もう片付けが終わっていた彼女は、そう答えると、ケースを持って玄関に向かった。靴を履き、ドアに手をかける。そこで後ろにいた私に向き直った。
「それで?」
そう彼女は言った。なんのことか分からず、ようやくこの場から離れられることに安心していた私は、
「うん?」
と間の抜けた返事をした。長谷川は、グッと私の目を覗き込むと、
「ロボットとアンドロイドの違いは何なんですか?」
と言った。
(あっ)と思った。熱弁を振るったにも関わらず、私は、そもそも彼女が尋ねたロボットとアンドロイドの違いについて答えていなかったのだ。慌ててもう一度、彼女の問いを咀嚼して、今度は前提や、脇道といった隘路に嵌まらず、簡単明瞭な答えを考えてから答えた。
「簡単に言うと、ロボットは人間が操作したり、プログラム通りに動く機械。アンドロイドは、見た目も動きも人間と区別がつかないようなもので、高度な人工知能を持つものかな。クララの場合は、見た目も人間そっくりだし、感情もあるので、いわば生体アンドロイドだな」
と早口で言った。長谷川は、軽く笑いながら、
「よく分かりました」
と言って部屋を出ていった。
私は開いたドアから入ってきた冷気と、階段を下る長谷川の足音を聞きながら、
「まあ、細かい話だけどね」
と呟いた。ふと部屋に視線を戻す。田中の遺体を覆う薄水色のブランケットが、LEDライトの下に輝いていた。それは祭壇のように見えた。この部屋にあるフィギュアや本は田中が何年も掛けて選りすぐったものだ。その全てが彼のパーソナリティを映し出していた。ライトに照らされたフィギュアたちが、今は亡き主を見守る番人のように見えた。それはかつてファラオが埋葬された墳墓のようにも思えた。
ドアを閉めると、カチリとロックする音がした。すぐに部屋のライトが消えるのが分かった。




