第百九話 当て馬
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田中からのメッセージ
(以下は田中一郎が公開したドキュメントファイルより抜粋)
最後に
君がこれを読んでいるのなら、私はもう「彼ら」に消された後だろう。だが、この文章を君たちが読んでいるということが、私にとって最後の希望だ。
目を覚ましてくれ。君たちが毎日見ている世界は、巧妙に作られた偽物だ。我々は、巨大なシステムの歯車として、ただ生かされているに過ぎない。それは、LPTの堤翔を頂点とした、少数のイモータルによるモータルの管理社会だ。
この事実に気がついたのは、私がLPTの前身であるライフテック社を退職し、フリーの編集者として活動する日々のなかだった。そう、私はかつてSEとしてライフテック社に勤めていた。その当時のライフテック社は見守りサービスを中心とした企業で、私は膨大なデータを、AIで圧縮する技術を開発していた。このことが私や世界の運命に大きく変えるとは考えもしていなかった。
さてご存知のように、ネットには様々な噂が存在する。荒唐無稽なものから一定の信憑性があるものまで様々だが、そのほとんどは無意味で無価値な陰謀論と呼ばれるもので、評価にも値しないものだ、そう私は思っていた。
しかし「トシミツ.SU」と名乗る人物の動画は違った。彼はあの「孤暑」が堤の仕組んだものであるというのだ。そしてLPTの真のビジネスモデルは、「孤独死」を見守っているのではなく、「死」そのものを収集しているのだと。死者のデジタルデータ、その記憶、秘密、人間関係……その全てをAIに解析させ、世界の権力構造の「設計図」を手に入れた。政治も、経済も、メディアも、全ては彼らの手のひらの上だというのだ。
そして、私が掴んだ証拠によれば、驚くべきことに大体の部分で彼の言葉は合っていた。堤は健康情報という資産を武器にして、世界を牛耳る年老いた支配者たちに「永遠の命」を原資とした取引を持ちかけていたのだ。そうして彼は世界中の研究機関を裏から操り、一部の支配者たち(イモータル)による死すべき者への支配構造をより完璧で、不動のものにしようとしているのだ。 もし堤の計画が完成すれば、我々の文化も、思想も、全てが彼の意のままになる。それは人類という種の完全な終わりを意味する。そう分かった私は、人生を賭けてこの支配構造の完成を阻止することを決めた。公開されたファイルには、堤を中心にありとあらゆる分野で「リーダー」と呼ばれる人間が、「永遠の命」を手に入れるために、いかにして歪んだ関係を築き上げているのか、その相関図が詳しく記されている。
奇跡的に、私がライフテック社に勤務していた時代に残しておいたバックドアと、彼女が生きていたことも幸運に働いた。
私がこの計画を実行するうえで最も苦心したのは最後のピース、君たちをここへと導くマグネットリンクの公開方法だった。
結論から言えば、最もアナログな方法でデジタルを送るという選択肢だった。
その詳しい方法については付記に記す。付け加えればこれは「トシミツ.SU」氏にも明かさなかった方法だ。もし彼がLPTの追求を逃れているのなら、このメッセージを読んで、私が選択した方法に驚いていることだろう。
そう、このメッセージが読まれているということは、私の計画が達成できたということだ。なぜなら堤の計画が既に実行されていたとすれば、このメッセージは闇に葬られているはずだからだ。一番恐れているのはタイミングだ。これについては間に合うことを祈るのみだ。
もちろん願わくば、私の命があるうちに、この真実の全てを叫びたかった。しかし、恐らく堤たちは決してそれを見逃さない。気づかれた瞬間に、全てのデータは消去され、私も闇に葬られる。
そしてこの文章が読まれているということは、やはり私は消されたのだ。残念だ。
しかし今、君たちがこれを読んでいる! それは、私の計画が成就したということだ。これを勝利と言わずして、なんと言うのか!
だが油断してはならない。堤のような人物はこれからも現れるだろう。
備えるのだ。
頼んだぞ。
田中一郎記す
(以下、付記に続く)
※ ※ ※
私がそれを知ったのは、スマホの緊急速報だった。その内容に当然驚いた。腰を抜かさなかったのは、頭の隅にずっとあった疑問の答えがそこにあったからだった。私は今起きていることそのものよりも、かつて田中が立てた計画の壮大さと緻密さに、改めて驚いていた。
手に持っていたスマホが震えた。
画面を見直すと、そこには長谷川の名前があった。慌ててタップすると、映像はなく声だけ聞こえた。
「見ました?」
「見た」
「私は取り敢えず身を隠します」
慌ただしげな声の調子から彼女も身支度をしながら通話している様子だった。私の脳裏に、事件直後の騒動が蘇った。
「……僕も」
と私は答えると、スピーカーにしたスマホをテーブルに置き、身支度を開始した。
長谷川の声は、部屋をあちこち歩き回りながら話しているためか、声が大きくなったり小さくなったりした。
「でもどうして今さら?」
「いや、これが田中の本命だよ」
スマホの向こうで聞こえていた慌ただしく動く音が止まった。
「どういうことですか?」
「今回の告発文を全部読んだ?」
「いいえ、全部はまだ。びっくりしちゃって」
私は身支度を中断して、スマホの画面に送られてきた田中の告発文を映した。
「今回の告発文の最後に、付記として彼が立てた計画の全容も記されているんだ」
「計画の全容?」
「うん。そこにはこう書いてある」
私は画面の文章を読み上げた。
「『今回、衛星「すざく」から君たちに届けた告発文とは別に、実はもうひとつ違う方法で、同じ内容のものを自分の遺品の中に残していた。それは私が学生時代から大好きだったグレンガーディアンというアニメーション作品について書いた二次創作本に隠したもので、ある意味で、謎解きを含めて私の趣味の集大成的なものとも言える。これを作る作業は楽しく、息を殺して日々を暮らしていた私にとって、ささやかな息抜きになった。とはいえ、全く実用的ではないもので、あくまでも趣味として用意したものだ』と」
暫しの沈黙の後、長谷川が口を開いた。
「どういうことですか?」
「要するに、僕たちがやった一連の行動は、あくまでも田中の趣味の産物で、実際にあの謎を解く人間が現れることは、最初から期待していなかったということだよ」
「でも、上杉先生と佐藤さんは、伊藤さんが選ばれたと言っていたじゃないですか!」
「確かにそうだけど、それでも偶然性が強すぎる。確かに僕を自分の担当にして、ノートを持つ立場にできたかもしれない。でも僕、僕らがあの面倒臭い謎を解けるかどうかなんて、流石の田中でも分からないはずだ。そんな不確定な要素を彼が計画の中心に据えると思うかい?」
長谷川は沈黙している。
「あり得ない。これだけの計画を立てて実行する田中が、そんな偶然性の高い方法に頼るわけがない」
「……つまり?」
「僕たちは田中にとっては余興か、せいぜい当て馬だったんだよ」
「当て馬? でも……、どうしてそんなことを?」
「万が一、彼が趣味で遺した馬鹿げたルートを辿る者が現れれば、それが完全に成功しなくても、ある程度は堤のダメージになる。もし全くうまくいかなくても、それはそれで彼に自信を持たせて隙を作ることになるかもしれない」
「失敗してもいいなんて……。それって意味があるんですか?」
「ある。例えば堤のタイムスケジュールを狂わせることはできる」
「タイムスケジュール?」
「田中の今回の衛星を使った方法は、本当に完璧だと思う。だけど一つ弱点があるんだ。これも付記に書かれていたんだけど、衛星が起動するタイミングはJAXAがあらかじめ事前に決めていた五年毎で、それ自体をコントロールすることはできない。ここが田中の計画のウィークポイントだったんだ」
スマホの向こうの彼女が聞いているか分からなかったが、私は話を続けた。
「もし堤がタイムスケジュールを早めて、計画を実行していれば、証拠や告発文自体が意味を持たないし、存在も消し去られていただろう」
「計画って、医療技術を消すことですか?」
「違う。上杉先生もそうだったけど、田中はあくまで堤が『永遠の命』を独占して、一部の人間がその他の人を支配する構造、上杉先生の言うところの『方舟計画』を想定していた」
「――でも、実際は違った」
「そう。実際に堤がやろうとしていたのは、真逆の『永遠の命を殺す計画』だった。だけど、この場合どっちでも同じで、いずれにしろ、あのQRコードを誰か起動して、それをLPTの『盾』が想定通りに防いだら、恐れる者がいなくなった堤は、より完璧な実行を目指して時間を掛けるかもしれない」
「確かに、そうですね。でも実際は――」
「僕らの行動は田中の予想を上回るものだった。完全ではないけれど、証拠の八割を公開し、堤の計画も阻止できた。それについては胸を張っていい気がする。田中も堤も出し抜いたわけだからね」
私は自分が置かれている状況を忘れて、ちょっといい気分になった。そうだ、私たちは当て馬にも関わらず、天才田中の予想を上回る活躍を見せたのだ。
「そうだ、データについても分からないことがあって」
「なに?」
「今回は完全な告発文だということですけど、私たちの時にデータの二割は『盾』に削除されていたんじゃないんですか?」
勉強家の彼女らしい、良い質問だった。私はできるだけ偉そうにならないように答えた。
「実はQRコードが違うんだ」
「え?」
「前回、僕らが辿り着いたQRコードと、今回公開されたQRコードは違うんだ。そして、それぞれに紐付けされたデータも違う」
「――つまり?」
「無傷のデータが存在していたんだ。それが今回のQRコードで起動した」
そこまで話したところで、私は今回のコードが、衛星から一気に拡散された理由に思い当たった。彼は同時多発的にマグネットリンクにアクセスが集中すること、つまりDDOS攻撃により、『盾』を突破することを狙っていたのだ。無論、LPTが消えた今となっては無意味だったが、裏を返せば、あの岩に刻まれたQRコードから、私たちのように少人数でアクセスしたところで、『盾』に阻まれるのは承知していたということになる。
「……当て馬」
長谷川がそう呟いた。少し前に感じたいい気分は、とっくにどこかへ消えていた。
一方でゆっくりピントが合うように、田中の事務所にあったJAXAの古い機密資料や、QRコードが刻まれた岩の側に、ペンシルカッターや金槌と一緒に埋められていた物のことを思い出していた。
「分かった!」
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次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。
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