表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想の孤独死【百十話 完結済み21.5万文字】  作者: Shimizu Atsushi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
110/110

第百十話 意味

「な、なんですか!?」


 突然の私の大声に、長谷川の驚いた声が返ってきた。


「あの岩の側で見つけた、小さなPCと通信機は、『すざく』をハッキングするためだったんだ!」

「え、『すざく』? 何のことですか!?」


 慌てて問い返す彼女の声を聞きつつ、私は自分の思考を追っていた。恐らくあのPCには、衛星『すざく』を捉えるためのソフトが入っていたはずだ。田中はPCと通信機を繋げて、あの場所から『すざく』をハッキングしていたのだ! あの時、付近をよく調べていればアンテナの残骸もあったかもしれない。


「伊藤さん! 聞こえてますか!? 『すざく』って、衛星のことですか? 田中はそれに何をしたんですか!?」


 突然黙り込んだ私を心配する声が、ぼんやりと耳に聞こえた。


「『すざく』って衛星ですよね? 今回の?」


 その瞬間ドミノ倒しのように、田中の秘密基地の天井に描かれた星空を思い出した。


「――あの線だ」

「線? 一体何のことですか!?」


 そこで私は、ようやく彼女の質問に答えるぐらいの余裕を持つことができた。


「田中の秘密基地から、僕が持ち出した星空の写真のことは覚えてる?」

「……覚えてます。私のPCで見せてくれた写真ですよね?」

「うん。それと同じものが、彼の秘密基地の天井に描いてあった」

「それも聞きました。偶然、紫外線ライトが照らして見つけたって」

「その星空に描かれていた線……。あれは『すざく』の軌道を表していたんだ――」


 スマホの向こうで、再び混乱した彼女の声が聞こえた。それはとても遠くに感じた。

 田中はあそこで、『星』からアナログで世界に真実が降り注ぐ仕掛けをしつつ、追ってくる者がいる可能性がほとんどないことを承知の上で、ロゼッタストーンを模したQRコードを岩肌に彫っていたのだ。


(グレンガーディアン、ゼルム、クララ、星、岩、ノート、アイラ……)


 何かが私の中でカチリと嵌まった。私は、あの時、アイラに話しかけた時のように、考えるとなしに話し始めていた。


「……田中はそれでも僕らに託した」

「え?」

「僕たちはね、いつか死ぬ」

「……」


 私の言葉に、彼女が体が強ばったのが分かった。


「それは変えられない。そこについては僕は堤と同じ意見で、永遠の命なんてものは望むべきではないと思う」

「……」

「僕らは限られた命のなかで、いつでも不完全な形で誰かに何かを託すしかないんだ。そうやって人類の歴史は続いてきた。そして二年前、僕たちは田中が遺した、本当に馬鹿げたメッセージに応えた。その結果、彼も予想しなかった今のアイラが誕生した。そんな偶然や必然を含めて、僕らは今のなかにいる」

「――人生に意味はない」

「!?」


 反射的に堤の姿を思い出した。しかし、彼女が話し出したのはそれとは違った。


「田中さんの蔵書リストにあった『人間の絆』という本のテーマです。読んだことありますか?」

「いや」


 私も見ていたはずだが、まったく記憶になかった。


「サマーセット・モームという人の作品で、足にハンデがある主人公が最後に、『人は生まれ、苦しみ、そして死ぬ。人生の意味など、そんなものは、なにもない』と言うんです。でも、それは絶望からじゃなくて、『人生には、あらかじめ定められた目的や意味など存在しない』という考えからくる言葉なんです」


 私は黙って聞いていた。そこには静かだが、愛車の話しと同じ熱さがあった。


「『人生に意味はない』。私はその言葉を、そのまま受け入れることはできません。でも、『誰かから何かを託される』という繋がりはあると思います。一度存在したものは、生きようが死のうが意味があるんです。それが長いか短いかなんて関係ない――」


 長谷川は少し沈黙した。


「例えどんなに宇宙が大きくて、私たちの存在がちっぽけで、意味がないように思えても、その小さな存在の一つひとつが、誰かに影響を与えて、何かを託し、それが宇宙全体の模様を変えてしまう。そういうものだと思っています」


 私は彼女の語り口に、すっかり引き込まれていた。


「今度読んでみてください。よかったら貸しますから」

「うん、ありがとう。読むよ」

「……あの時、『クララとお日さま』も読んでくれていましたね」


 そうだった。あの混乱の中、自宅に帰れなかった私は、その本をマンガ喫茶で読んでいたのだ。


「――あんな時に、なんで読んだんですか?」

「……君が、イシグロ・カズオを読んでいると聞いたから」


 スマホの向こうで、小さく息を呑むのが聞こえた。


「あと、クララっていう名前のアンドロイドが主人公だから、(読みやすいかな?)と思って」


 今度はなんとなく、落胆の気配が伝わってきた。


「……AFです」

「なに?」

「――クララはアンドロイドじゃなくて、AF、人工友人(Artificial Friend)です」

「それって、なにか違いがあるの?」

「知りません」


 彼女の返事を聞きながら、私は、今なら堤の、「なんでこんなことをするんですか?」という問いに答えられる気がしていた。


「意味なんかない。ここに居合わせたからだ」


と。他の人にとっては知らないが、私にとっては、それ以上でも以下でもない。あらゆることの果てに、私は今、ここにいる。選んだ人生ではない。その点では彼が言う通り、意味はないのかもしれない。でも、それがなんだっていうんだ? ベストを尽くすとか、そういうことでもない。この心臓が止まるまで、私は何かに喜んだり、悲しんだりすることを含めて限りなく自由で、限りなく不自由なのだ。


(堤はこの答えを気に入るだろうか?)


 一瞬、そんな疑問が湧いた。次の瞬間、それがどうでもいいことに気がついた。

 私は私を生きていくしかないのだ。


 ややあって、長谷川が口を開いた。


「堤もどこかでこのニュースを見ているんでしょうね」

「うん、多分」


 そう答えながら、彼がこのニュースを、どこかで楽しんでいる確信があった。あの微笑が目に浮かんだ。また沈黙が流れた。どちらも荷造りをすることなく、ただ黙っていた。

 そこへ割り込むように、関係各機関からメッセージが届き始めた。あっという間にスマホの画面を埋め尽くした。長谷川の方も同じような状態なのだろう、スピーカーから着信を知らせる音が連続して鳴っているのが聞こえた。

 私たちは荷物をまとめる作業を再開した。

 バタバタという音の中から、長谷川の声が聞こえた。


「でも」


 その声には少しからかうような響きがあった。


「もし伊藤さんを選んだのが、田中さんじゃなくて、堤だったらどうします?」


 一瞬言葉に詰まった。(堤が私を選ぶ?)その可能性については全く考えていなかった。そんなことがあり得るのか? 絶句した私に長谷川の笑い声が聞こえた。


「冗談ですよ。流石にそんなことあり得ませんから。とにかく、私はもう家を出ます。落ち着いたらまた連絡します」


 そう言うと少し間を置いて、

「……それと、今度会った時に、猫について相談させてください。実は今、保護猫を引き取ろうか考えていて。ドライブがてら、話を聞かせてください。それじゃ、また」


 そう言って通話が切れた。

 私の中で、猫という単語と、堤が私を選んだという可能性が、グルグルと渦を巻いていた。


 確かに堤であればできるような気もした。田中が、グレンガーディアンのファンだということを知った上で、私が担当になるように仕向けることできたのか――?。佐藤は車中で、社員について、「かなり深いところまで人物調査をしています」と言っていた。


 (しかし、何のために?)それは田中が用意していた、自分に対する告発計画を助けることになる。(そんなことをする必要が彼にあるのか?)そう考えるうちに、田中の告発文にあった、『トシミツ.SU』という謎の情報提供者の名前と、炎に包まれる前に、あの秘密基地で受け取った、「逃げろ」という文字を思い出した。あとで分かったことだが、あれは上杉たちが送ったものではなかったのだ。どちらも入念に調査が行われたが、結局、いまだに不明だった。

 バラバラの要素が頭の中をクルクルと回る。やがてそれは、ひとつの形へと向かい始めた時――、


「起きた出来事を全て結びつけて考える」


 誰かが言ったそんな言葉を思い出した。それこそ田中が好み、堤が笑っていた陰謀論じゃないか。田中はノートでも今回の告発文でも、ずっと、「堤に殺される」と書いていた。しかし、入念な再調査の結果、あらゆるデータが、それが心筋梗塞による自然死で、他殺の疑いはないことを証明していた。天才の彼ですら、全てを見通すことは不可能なのだ。


 私はそれ以上考えるのを止めると、クローゼットから数日分の下着や靴下と、洗面台から歯ブラシやうがい薬、そして書きかけのノートを鞄に詰め込み、玄関に向かった。部屋を出る前に、グレンガーディアンのフィギュアを見る。自分の半生を掛けて集めたコレクションだったが、さすがに持って行くことはできない。それにあの日、彼らのなかに、小さな自分を見つけて以来、ゆっくり眺めることができなくなっていた。その一点だけでも、堤を恨み続ける理由としては十分だった。

 部屋の片隅に、クロを入れたキャリーバッグがあった。その中には変わらず毛布も入っている。

 私は考えることなくそれに近寄ると、持っていた鞄をバッグに突っ込んだ。不思議なほどピッタリと収まった。見える限りの埃を手早く払ってから、それを背負う。良い具合だ。その瞬間、最後に担いだ時のことが蘇った。暑い夏、あの時、私は涙と汗でぐちゃぐちゃだった。目を瞑って感情の津波に備える。すぐにそれは来た。しかし、思ったほどではなかった。その代わりに電話の長谷川の暖かな声が、砂浜を洗うように私の胸を満たした。

 ゆっくり目を開き、もう一度、部屋を確認する。本棚に差し込んだ一冊に陽がさしていた。『クララとお日さま』。それがその本のタイトルだった。

 私はちょっと考えた後、背負ったキャリーバッグを下すと、サイドポケットに、その本を入れた。

 またバッグを背負うと、今度は部屋を振り返ることなく玄関に向かう。

 立ったままひっくり返っていた左の靴を足先で戻し、右足、左足の順番で滑り込ませる。

 扉を開けると、外はよく晴れていた。八月のムッとした熱気が体を包む。

 今年の夏も酷暑だ。でも、悪い気はしない。

 どこからか蝉の声と、よく干した布団の、こんがりとした匂いがした。

 私はその中を歩き出した。


お読みいただき、ありがとうございました。


これで完結です。


五十代後半になって思いついたことをそのまま文章にし、初めて完結することができた作品でした。

僅かながらでも最後までお読みいただいた方に心から感謝いたします。

拙い作品ですが楽しんでいただければ、これに代わる幸せはありません。


よろしければブックマーク、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ