第百五話 瞬き
そこにはさっきと変わらない、長谷川がオルタナティブ・アートと呼んだままの彼女がいた。タブレットを見直す。何層にも重なった画面のレイヤーを操作して、緑の点滅を目印に、目の前のものと見比べる。さっきまでとは違い、ゆっくりとだが、次第に見るべきポイントが分かってきた。
一緒に表示されているタイマーの数字が、嫌でも目に入る。
四十七秒。
一瞬、外の長谷川の姿を探す。アクリル板の向こうで、彼女は立ち上がり、こちらを見ていた。
私は急いで辺りをつけた場所を見る。他の場所と同じように、たくさんのケーブルと、チカチカと輝く無数のLEDランプがある。タブレットと見比べる。場所は合っているようだ。しかし、どのケーブルを抜けばいいのかが分からない。幾つかのそれらしいのに手を伸ばしてみるが、確信が持てず引っ込める。ここで間違えれば、効果がないのは当然、アイラを殺す可能性もあった。放っておいても同じだが、それでも嫌だった。
また長谷川の顔が見たくなる自分に気がつき、不思議な気がした。この一件が始まる前、田中の部屋を一緒に訪ねた時は、顔を合わせるのが苦手で避けていたことを思い出す。彼女の代わりにタブレットを見る。
『三十三秒』という表示が目に入った。
見るんじゃなかった。
再び怪しいところを見る。それは今、目に入っている範囲の中にあるはずなのだ。
今度は腹を据えて、緑色に瞬く光から目を離さない。
十秒が過ぎた頃、それに気がついた。
ひとつだけ、他のランプとは違う周期で瞬いているものがあった。全神経をそれに集中する。
チカッ、チカッ、チカッと短く三回。次に、チーーカ、チーーカ、チーーカと長く三回。そして、チカッ、チカッ、チカッと短く三回。
(SOS!?)
それは、モールス信号だった。
(私を助けて)
アイラはランプの明滅を使い、そう伝えていたのだ。
急いでそのランプに対応するケーブルに手を伸ばし、引き抜こうとする。
グッと頑固な抵抗がある。ケーブルを留めるためのラッチだ。
狭い空間に無理やり指先を捻り込む。指先が小さなツメのようなものに触れた。ちょっと前にも似たようなことをやっていた気がした。それを思い出す前に、指でツメを押し下げケーブルを引き抜いた。
ほとんど同時に、部屋の電気が落ちると、目の前のアイラを含む、あらゆるところから、バチバチ! バン!という炸裂音が聞こえた。それはニュースで見る、香港の旧正月を祝う爆竹のようだった。違いがあるとすれば、その中にガラスが割れる音と、青白い光が激しく瞬いていたことだろう。私は目を瞑って、その嵐が終わるのを待った。
どのくらい経ったのか、音がしなくなった。恐る恐る目を開ける。
非常灯の薄暗い明かりが部屋を照らしていた。耳の奥がキーンとしていたが、体が痛むところはなく、怪我はないようだった。足元には、ただの板と化したタブレットが転がっていた。
ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。アクリル板の向こう、弱い光の下に、壊れたグリーンモニターが見えた。ブラウン管が破裂していた。
「長谷川さん!」
私は慌ててアイラの脳みそだったものから飛び出した。
彼女は椅子の横に倒れていた。
「長谷川さん!」
私は馬鹿みたいに、繰り返し彼女の名前を呼びながら側に駆け寄った。動かしていいのか判断がつかなかったが、見る限り特に外傷はなく、顔も額に小さな傷以外なかった。気を失っているだけのようだ。目が暗さに慣れてくると、モニターの破片を浴びていることに気がついた。
少し迷った後、私は髪に紛れていた、大きめの破片を取ろうと手を伸ばした。
他の部分には触らないように慎重に、こめかみの、髪の毛の生え際に滑り込んでいた破片を摘む。指先がチクリと痛んだが、血は出ない。取った時と同じように、慎重に手を戻す。
その時、何の前触れもなく、パチリと目を開いた覚ました。彼女は不格好に片腕を伸ばした状態で固まった私を見ると、そのまま口を開いた。
「……アイラは?」
私は彼女に聞かれて、初めてアイラのことを思い出した。ケーブルを引き抜くのと、ほとんど同時に部屋の電気が消え、――EMP爆弾が爆発した。あんな僅かな間に、佐藤はアイラを救出できたのだろうか? そう思ったが、彼女と連絡を取る術は失われていた。
「……分からない」
私の間の抜けた返事に、彼女はゆっくり一度目を瞑った。沈黙。
「――ご苦労様、でした」
彼女はそう言って笑った。
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次回は本日の21時ごろの更新を予定しています。
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