第十話 田中の部屋 四
長谷川の視線が私の顔に向けられていた。今度はPCの画面には戻らない。私は少し慌てた。
「クララはゼルムという地球に攻めてきた敵の指揮官の召使なんだ。ゼルムは母であるスカル星の女王の命令で、アンドロイドの奴隷を使って地球を侵略しようとしているんだ」
長谷川が少女のフィギュアを見た。
「こんな女の子を使って、地球を攻めて来るんですか?」
と聞いてきた。
(まただ)と思った。先に結論を言えばいいのに、私はなぜか答えに至るまでの経緯から細かく説明して、相手を苛つかせてしまうのだ。そう考えながら、今もどこから軌道修正をすればいいのか分からないまま、口を開いていた。
「いや、その子はゼルムの身の回りの世話をするタイプのアンドロイドで、他に戦闘タイプのとか補佐官タイプとかいるんだよ、色々」
長谷川が、ふーんという顔をして、フィギュアに視線を戻した。
「そういうアンドロイドも、もともとは色々な星の宇宙人で――」
と、よせばいいのに、私は話を続けていた。
「スカル星が攻め滅ぼした相手の星の住民をアンドロイド化して、逆らえないようにして使っているという設定で。ただ指揮官であるゼルムは、女王の息子で、いずれは彼女の後を継いで、宇宙の支配者になるということで、エリートでプライドが高い奴なんだ。ところがその彼は――」
私はクララの横にいる、偉そうな格好をしたフィギュアを指差した。
「地球侵略がうまくいかず、女王の厳しい叱責で落ち込んだところを、優しいクララに癒やされるうちに、いつしか彼女に惹かれてしまう」
長谷川がゼルムのフィギュアを見る。一方の私は、(はやく切り上げなければ)と思いながらも、ここまで話したところで勢いがついていた。
私は彼女を見ずに、ゼルムを見ながら話を続ける。
「女王の息子である自分が、奴隷のアンドロイドの娘に恋をするなんて許されない。彼は悩みつつも、ありとあらゆる手段で地球を征服しようとする。だけど作戦はいつも失敗して、女王は彼を酷く怒る」
私は少し間を置いた。
「――今思うと、教育ママのメタファーなんだな……」
長谷川は黙って私を見ていた。私は横道に逸れていることに気づき、慌てて軌道修正する。
「――ところが物語の終盤にゼルムは、自分の出生の秘密に気がついてしまう。実は彼自身、赤ん坊の頃に征服された星の出身だった。ところが、その素質に気づいた女王によって息子として育てられていたんだ。そして滅ぼされた彼の星は、地球とルーツを同じくする兄弟星だった」
ちらっと目の端で長谷川の様子を確かめた。視線はPCではなく、まだこちらを向いていた。面白がっているのか、礼儀上聞いている振りをしているのかは分からなかった。(まあ、いいか)と半ばやけくそ気味に、私はそのまま話を続ける。
「ゼルムはその事実を知ったことで、自分の存在や目的に深く悩むようになる。侵略の総司令官でありながら、自分もかつて故郷の星を女王によって滅ぼされ、そして今、征服しようとしている地球人は兄弟とも、呼べる存在だったわけだからね」
のどが渇いていた。だが、ここまで来たのだ。とりあえず最後まで話すことにした。あまり早口にならないように注意する。
「そんななか、地球を守る主人公たちは、女王の本拠地であるスカル星の位置を突き止め、一気に勝負を決めるべく奇襲を仕掛けてくる。ゼルムは愛する母を守ろうとする。だが激しい戦いの中で、母だと思っていたものの本性に気がつく」
私は一呼吸置いた。水が欲しかった。
「ゼルムの葛藤を知った女王は、彼が気がつかないうちに、アンドロイド化手術を行っていたんだ。他の奴隷アンドロイドと同じように、自分に絶対服従するプログラムを埋め込み、いずれは不良品として処分するつもりだった」
長谷川は黙って聞いているようだった。
「彼は女王に立ち向かおうとする。だけどプログラムがそれを許さない。その苦しむ様子を見たクララが彼を助けようとする。だけど女王は彼女を虫けらのように殺してしまう」
私は焦りつつも、話すことに高揚感を感じ始めていた。
「駆け寄ったゼルムに、クララは『ゼルム様、あなたをお慕いしたことをずっと、覚えています。星になって永遠にお見守りします』と告げて息絶える」
ちらっと見た長谷川が、クララのフィギュアを見ていた。
「あまりの怒りと悲しみにゼルムは絶叫する! その瞬間、彼を縛るプログラムが破れる! そこで彼は女王の生命線であるコンピューターを壊そうとする。ところが、あと一歩というところで女王は再び彼の支配を取り戻し、彼に自殺を命じる。そこへ主人公たちの乗るロボット――」
私はフィギュアの上の棚にあるロボットを指差した。
「グレンガーディアンが現れ、女王との対決になる。激闘の末、彼女を追い詰めることに成功する。だけど遠い星までワープで来たことでエネルギーが切れてしまい、トドメを刺し切れない!」
私は話し続ける。少し汗が出てきていた。
「一方、追い込まれた女王は、星の命を吸収して復活してくる! 絶体絶命! その時、ゼルムが自分の命をエネルギーとしてグレンガーディアンに託す。力を取り戻した主人公たちの必殺技・グレンブレイカーが炸裂! しかし、それでも倒せない。その時、女王に虐げられてきた人々の希望が一つになり、グレンガーディアンに秘められた最後の武器、『GGG』が発動! これには女王も敵わず、ジ・エンド!」
私が話し終わるのと同時に、田中を含め、誰も口を利く者がいなくなった部屋は、酷く静かになった。ややあって長谷川が口を開いた。
「結構込み入ったお話なんですね」
これ以上ない要約だと思った。高揚感が急速に消えた。汗をかいたせいか、部屋の寒さが身に沁みた。それでも僅かな余韻を手がかりに口を開いた。できるだけ平静に。
「……そうだね。当時のアニメとしては異色の作品だったんだよ。それまでは味方側のドラマはあっても、敵側のドラマはなかったから。だけど放送当時は結構重めな話だったこともあって、あまり評判が良くなくてね。最後の唐突な奇襲云々も、放送回数が減ったためだった、らしい。人気が出たのは放送終了後で、再放送されるうちにアニメ好きのなかで話題になって、ある種カルト的な作品になったんだよ」
「伊藤さんも好きだったんですか?」
これは予想していた質問だった。
「いや、そういうわけじゃなくて、この仕事をするようになってからかな。結構こういうフィギュアを扱うようになったので」
私はできるだけさり気なく答えた。少し早口になっていたかもしれない。
「そうですか」
長谷川が再びPCに視線を落とした。




