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第10話 二つの名前


 その通知は、夕食の後に来た。


 《同盟が締結されました:紅理の苑——薄桃の庵》


 手が、止まった。


 同盟の締結は、全てのダンジョンマスターに通知される。誰と誰が組んだか。それは、隠せない情報らしい。


 紅理の苑。


 ……レイナ、さん。


 もう届かない名前が、システムの文字で、そこにあった。


 《この通信は、接続できません》。あの表示を、最後に見た日から、レイナさんの名前を画面で見るのは、初めてだった。


 薄桃の庵。ミルティアさん。


 一体も失いたくない、と言った、あの子。


 二つの名前が、一本の線で、結ばれている。


 しばらく、その通知を、見ていた。


「コアさん」


 《……はい》


「レイナさん、同盟、組んだんだね」


 《……はい》


「……よかった」


 口に出してから、その言葉の座りの悪さに、気づいた。


 よかった。本当に、そう思っている。レイナさんは、私との回線を切った。理由は、分からないまま。でも、誰かと繋がっているなら、一人じゃないなら、それは、いいことのはずだ。


 いいこと、の、はずだ。


 なのに、胸のどこかが、小さく、軋んだ。


 その軋みの正体を、探しかけて、やめた。切られた側が、あれこれ考えるのは、違う気がした。


 《……ルナリア》


「ん?」


 《……何でも、ありません》


 コアさんが、何かを言いかけて、やめた。珍しいことだった。


---


 翌日の夜、アルカナさんから、通信が来た。


 《見た? 昨日の同盟通知》


 〈見ました〉


 《外への発信が消えていってた子が、同盟。しかも、相手はあの薄桃の庵。……動きが、あったわね》


 調査を始めてから、初めての、大きな動きだった。ただ、その動きの意味が、私には、まだ読めない。


 〈これって……いいこと、なんでしょうか〉


 返信までに、少し、間があった。


 《さあね。まあ、繋がる相手がいるのは、悪いことじゃないわ。……普通なら、だけど》


 〈同盟って、組むと、何が変わるんですか〉


 聞いてから、気づいた。私は、同盟のことを、何も知らない。組んだことも、考えたことも、なかった。


 《一番大きいのは、転移ね。相互の転移が解放される》


 〈転移……〉


 《そ。相手のダンジョンに、行けるようになるの。会えるのよ、直接》


 会える。


 その言葉を、しばらく、見ていた。


 ダンジョンマスターは、ダンジョンから出られない。それは、この世界の、当たり前だった。通信の文字と、対戦の画面越しでしか、誰とも会えない。そういうものだと、思ってきた。


 でも、同盟を組めば、会える。


 〈アルカナさんは、同盟、組んだことありますか〉


 《ないわ》


 即答だった。


 《私、ああいうのは、信用してないの。記録に残るし、切れた時が、面倒だし》


 〈……そうですか〉


 《そ。だから昨日の通知は、ちょっと、驚いたのよ》


 〈驚いた?〉


 《薄桃の庵。あの子——ミルティアだったかしら。私の中では、同盟だけは組まない子だと、思ってたから》


 〈どうして、ですか〉


 また、少し、間があった。


 《……なんとなくよ。ずっと見てると、そういうのが、何となく分かるの。で、その何となくが、外れた》


 〈外れると、気になりますか〉


 《気になるわね。……ま、いいわ。人は、変わるものだし》


 画面の向こうで、アルカナさんが、話を畳んだ気配がした。


 《それより、あなたの方の調査の続きなんだけど——》


 話題は、いつもの共同調査に、移っていった。


---


 通信を終えた後、一人で、今日の言葉を、思い返していた。


 会えるのよ、直接。


 アルカナさんとは、もう長い付き合いになる。デビューの少し後から、ずっと。手紙のこと。調査のこと。「見られすぎてる」と、忠告をくれたこと。


 顔は、対戦の画面でしか、見たことがない。


 声も、文字でしか、知らない。


 それが、当たり前だと、思ってきた。


 ……会ってみたい、と、思った。


 思ってから、少し、驚いた。誰かに対して、そんなことを思ったのは、初めてだった。


 でも、アルカナさんは、言っていた。ああいうのは、信用してない、と。


 だったら、この気持ちは、しまっておくものだ。


 画面を閉じて、コハクの隣に、潜り込んだ。


 コハクの尻尾が、ぱたりと、一度だけ動いた。


 目を閉じる、直前。


 二つの名前が結ばれた、あの通知の画面が、もう一度だけ、浮かんだ。


 レイナさんが、今、一人じゃないなら。


 それだけで、いいことにしよう。


 そう、決めた。


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