第11話 行き渡る
朝の工房は、火の匂いがした。
鍛冶妖精たちが、三人がかりで、最後の仕上げをしている。作業台の上には、小ぶりな杖が、一本。
フェアリーたちの杖の、最後の一本だった。
最初は、アルスの剣、一本だった。それから、ブレイブの盾の補修。エリンの杖。名前のある子たちの分だけで、工房は手一杯だった。
それが、少しずつ、増えた。レッサーオーガたちの得物。ダイアウルフたちの爪当て。若い子が進化するたびに、注文が増えて、工房の火は、消えない日が続いて。
今日、最後の一本が、仕上がった。
受け取りに来たフェアリーが、両手で杖を抱えて、ふわりと一回転した。鍛冶妖精の一人が、作業台を、こん、と叩く。肯定の音。もう一人が、こん、こん、と続けた。
三人の音が、いつもより、軽やかだった。
配布が終わった後も、鍛冶妖精たちは、しばらく、広間を眺めていた。自分たちの作った得物を持った子たちが、それぞれの持ち場へ、散っていくのを。
それから、誰からともなく、作業台を、こん、と一度だけ、叩いた。
「これで、全員だね」
《……はい。戦闘に出る全員に、装備が行き渡りました》
家全体に、工房が追いついた日だった。
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昼、管理画面の前で、コアさんと、経営会議をした。
「DPの残り、今いくつ?」
《……約3050です。SPは、56》
Dランクに上がってから、日々の実入りが、目に見えて変わった。侵入者の数も、質も、上がった。財布に、少しだけ、余裕がある。
だから、前から考えていたことを、今日、決めることにした。
「コアさん、階層を追加したい」
《……候補を表示します》
画面に、地形の一覧が並んだ。Dランクになって、増えた項目がある。その中の一つに、目が留まった。
《加重階層:階層内の重力が増加(約1.2倍)。消費DP:800》
「これ、詳しく」
《……階層全体に、常時、負荷がかかります。体感は、軽微です。ただし——罠との組み合わせで、真価を発揮します》
「罠と?」
《……はい。単体では倒せない重さが、全ての罠を、一段、強くします。……例えば、拘束罠から抜ける力が、少しだけ、足りなくなります》
画面の中で、想定図が動く。落とし穴を飛び越えようとした侵入者が、届かずに落ちる。矢罠への反応が、半歩、遅れる。
同じ想定図の隅で、慣れたソードラビットは、軽々と、跳んでいた。
頭の中に、みんなの顔が浮かんだ。この階層なら、罠の後ろのソードラビットたちの遊撃が、もっと刺さる。ラットシャドウの影からの一撃も。
……それに。
1.2倍なら、私たちの生活には、ほとんど障らない。階段で通り抜けるだけなら、少し重いな、くらい。でも、毎日通れば、毎日、薄く効く。
この家全体が、少しずつ、強くなる。
「決めた。3層と、住居の間に入れて。罠は多めに、モンスターは少なめで」
《……承認しますか。消費DP:800》
「承認」
残高が、3050から、2250へ。
画面の中で、工事が始まった。3層の坑道の先に、新しい階段が伸びて、深い洞窟が、形を作っていく。狭い通路が曲がりくねって、その合間に、広間がいくつか、ぽっかりと開く。
数字が減るのを見ても、不安は、なかった。
いい減り方だと、思った。
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夕方、できたばかりの階層に、降りてみた。
階段を降りた瞬間、体が、少しだけ、沈んだ。
……なるほど。重い、というより、まとわりつく感じ。水の中、の一歩手前くらい。
一番奥の広間まで、歩いてみた。静かで、広くて、天井が高い。
ここで、久しぶりに、あれをやってみることにした。
魔力操作の、訓練。
デビューの頃は、毎日やっていた。手のひらの上で、小さな光を作って、形を保つ。それだけの、地味な練習。いつの間にか、やらなくなっていた。偵察と、手紙と、対戦と。やることが、増えすぎて。
手のひらに、光を、灯す。
……揺れた。
昔より、下手になっている。しかも、この階層のせいか、魔力まで、少しだけ、重い。
少し、笑ってしまった。あれだけ、みんなには毎日の積み重ねが大事、なんて顔をしてきたのに。
もう一度。
光が、揺れて、消える。
もう一度。
今度は、少しだけ、長く保った。
……あれ。
消える瞬間の、揺れ方が、よく見える。重い魔素の中だと、光の乱れが、ゆっくりになるらしい。どこで崩れたのか、目で追える。
……揺れは、いつも、右から崩れていた。私の、癖だ。
ここ、練習に、いいかもしれない。
上の層では、今日も、若い子たちが型の練習をしている。あの子たちは、毎日、続けている。
私も、ここで、続けよう。みんなが育っていくなら、私も、止まってるわけには、いかない。
重い魔素の中で、光が、今日一番、静かに灯った。
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夜、コハクを膝に乗せて、今日の画面を、見回した。
工房の武具は、最後の一本まで、行き渡った。
3層の先には、新しい階層。罠は、明日から、順番に置いていく。
残高、約2250。SP、56。
数字だけ見れば、今日は、減っただけの日だ。
でも、家の中を見回すと、今日は、行き渡った日だった。装備が。場所が。それから、たぶん——次の毎日が。
コハクが、膝の上で、丸くなった。
「おやすみ、コハク」
明日も、光の訓練から始めよう。
そう決めて、明かりを、消した。
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