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第12話 間違い


 その夜、通信欄を開いて、ミルティアさんの名前の前で、指が、止まっていた。


 ミルティアさんは、今、レイナさんと繋がっている——たぶん、唯一の人だ。


 聞きたいことが、あるわけじゃない。……ないと、思う。ただ、あの通知を見てから、この名前が、前より少しだけ、目に留まるようになった。


 整理がつかないまま、発信を、押していた。


 〈こんばんは。夜に、ごめんね〉


 《ルナリアさん! こんばんは。ううん、嬉しいです》


 〈この前話してた新しい階層、できたよ。まだ手探りだけど〉


 《わあ、早い! すごいなあ……うち、まだ3階層なのに》


 やわらかい、いつものやり取り。階層の話。罠の話。コハクの話。


 話しながら、自分が何を話したいのか、自分でも、分かっていなかった。


 画面の向こうの気配が、ふと、途切れた。


 《……あの、ルナリアさん。今日、ちょっとだけ、元気ない……ですか?》


 指が、止まった。


 〈え?〉


 《ごめんなさい、違ったら忘れてください。ただ、なんとなく……文字が、少しだけ、静かな気がして》


 文字が、静か。


 そんなところ、見られてると、思わなかった。


 ……この子は、よく見てる。人の、小さなところを。


 だからだと思う。自分から連絡したくせに、自分からは、言い出せなかったものが——その一言で、ふっと、浮いてしまった。


 〈……ミルティアさんは、レイナさんと、仲が良いよね〉


 送ってから、少しだけ、後悔した。でも、指は、続きを打っていた。


 〈私ね、レイナさんに、通信を切られたの。理由は、分からないまま。……私、何か、したのかな〉


 送信の音が、やけに、大きく聞こえた。


 返信までの間が、いつもより、少しだけ、長かった。


 《……そう、だったんですね》


 《ごめんなさい、私、全然知らなくて……。切られたなんて、そんな……》


 〈ううん。ミルティアさんが謝ることじゃないよ〉


 《でも……あの、これだけは言わせてください。ルナリアさんが何かしたなんて、私、思えないです。だって、レイナさん、ルナリアさんの話をする時、いつも、ちゃんと聞いてくれてましたから》


 胸の奥が、じわりと、緩んだ。


 ちゃんと、聞いてくれてた。


 その一言が、思ったより、深いところに、届いた。


 《あの……もしよかったら、私、それとなく、聞いてみましょうか? レイナさんに》


 通信欄を、しばらく、見つめた。


 コハクが、膝に、前足をかけてきた。


 〈……ううん。いい〉


 少しだけ、迷って、続けた。


 〈レイナさんが、自分で決めたことだから。理由を聞くなら、いつか、私が、自分で聞く〉


 《……そっか。……ルナリアさんは、強いですね》


 〈強くないよ。今だって、ミルティアさんに、こんなこと話しちゃってるし〉


 《ふふ。いいんですよ、いくらでも。私、ルナリアさんの味方ですから》


 味方。


 あたたかい言葉のはずなのに、どうしてか、その言葉だけ、少し、遠くに聞こえた。


 《このこと、誰にも言いません。約束します》


 〈うん。……ありがとう〉


 通信を閉じた後、部屋は、いつもより、静かだった。


---


 寝る前に、コハクを撫でながら、今日の自分を、振り返っていた。


 話せて、少し、軽くなった。それは、本当だ。ずっと一人で抱えていたものを、初めて、人に言えた。


 なのに。


 胸のどこかに、小さな引っかかりが、残っている。


 何かを、間違えた気がする。


 ……ミルティアさんは、レイナさんの、友達なのに。あの子に、何を、背負わせようとしたんだろう。


 ……違う、気がする。引っかかっているのは、それだけじゃ、ない。


 じゃあ、何?


 ……分からない。話した内容は、間違っていない。ミルティアさんは、優しかった。約束も、してくれた。どこにも、間違いは、ない。


 ないのに、引っかかっている。


 いつもなら、気になったことは、分かるまで観察する。ログを読み返して、言葉を並べて、確かめる。


 でも、今日のこれは、読み返す気に、なれなかった。


 《……ルナリア》


「ん?」


 《…………いえ。おやすみなさい》


「……うん。おやすみ、コアさん」


 コアさんが、何かを言いかけて、やめた。


 最近、二回目だ。


 明かりを消して、目を閉じた。


 小さな引っかかりは、眠りに落ちる最後まで、胸の隅に、残っていた。


お読み頂きありがとうございます。

続きが気になる方は【評価】や【ブックマークに追加】や感想を是非とも宜しくお願いします。


最初期は100話くらいで終わる量だったのですが、今だと300話は超えてしまいそうです。皆様どうか最後までお付き合いをよろしくお願いいたします。

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