第13話 沈黙が破れる
住居エリアの壁には、一枚の地図が、貼ってある。
外の世界の地図だ。といっても、売っているものじゃない。鳥たちの偵察の報告を、少しずつ、私が描き足してきた、手作りの地図。
街道。森。街の位置。ギルドの旗。畑と、水車小屋。
最初は、ただの線だった。それが半年かけて、少しずつ、誰かの居場所になった。この道を、行商人が通る。この畑に、朝、人が出る。この小屋の煙突から、夕方、煙が上がる。
行ったことのない場所ばかりだ。
……いつか、この目で、見てみたいな。
指で、街道を、なぞる。
今は、まだ。
今は、鳥たちの目が、私の目だ。それで、十分。
そう思うことに、している。
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その日の夕方、偵察の定期報告に、いつもと違うものが、混じっていた。
戻ってきたオリジンバードの一羽が、報告の後も、止まり木に降りずに、低く旋回を続けていた。
「……どうしたの?」
羽の角度が、落ち着かない。この子がこうなるのは、決まって、何かを見た時だ。
コアさんに、偵察記録の共有を、お願いした。
《……街道の北、旧発生域の外れです。……これを》
画面に、鳥の視界が映る。
夕方の森。斜めの光。何の変哲もない、木々と、下草——
手が、止まった。
一帯だけ、獣道が、消えている。
草を踏んだ跡が、ない。糞も、羽も、巣の気配も、ない。周りの森には、あるのに。その一帯だけ、生き物の痕跡が、円を描くように、抜け落ちている。
見覚えが、あった。
忘れるはずがない。半年前、街道の異変を追いかけていた頃、何度も見た形。生き物が、理由も分からず、避けて通る場所。
染み。
私が、勝手にそう呼んでいたもの。
「コアさん。ここ……前の発生域から、どのくらい?」
《……約2キロ、北です。……前回の被害圏の、外側です》
外側。
つまり、広がっている。
《……ルナリア》
コアさんの声が、少しだけ、低くなった。
《……以前、私は、言いました。終わっていない、と、思います、と》
「うん」
《……訂正します。終わって、いません》
推測じゃなくて、断定だった。コアさんの言葉としては、珍しいくらいの。
画面の中の、静かすぎる森を、見つめた。
半年間の、沈黙。被害は止まり、討伐隊は解散し、街道には日常が戻った。ギルドの報告書も、もう、あの件に触れない。
みんな、終わったことにした。
私も、この半年、追えていなかった。目の前のことが、たくさん、あったから。
でも、これは。
止まっていたんじゃ、ない。
静かに、なっていただけだ。
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夜、地図の前に、立った。
描き足してきた線の中に、新しい印を、一つ、書き込む。街道の北。旧発生域の、外側。
小さな、黒い点。
この地図には、人の居場所が、たくさん載っている。行商人の道。朝の畑。夕方の煙突。
あの点が、広がっていったら。
この線の、どれかと、いつか、重なる。
この街道の先の街には、人がたくさんいる。
半年前の記憶が、よみがえった。夜の街道。焦げ跡を負って帰ってきた鳥。ゴレウスさんの、振れなかった剣。私の手紙で動いた人たちが、死にかけたこと。
もう一度、あれが始まるなら。
……ううん。
もう、始まってる。
「コアさん」
《……はい》
「偵察の範囲、前のに戻そう。北の帯は、毎日」
《……承知しました。……ルナリア》
「ん?」
《……今回は、どこまで》
いい質問だと、思った。
前は、途中までだった。手紙を出して、情報を届けて、あとは外の人たちに委ねた。それが正しかったのかどうか、今でも、分からない。ただ、届けた先で人が死にかけて、私は画面の前で、見ていることしかできなかった。
地図の、黒い点を、見る。
終わっていないなら。
「……今度は、最後まで、見届ける」
見届けて——今度こそ、間に合わせる。
誰に頼まれたわけでもない。
でも、この地図は、もう、ただの線じゃない。
次に、誰かが死ぬ前に。
そのために、できることを、全部やる。
《……はい》
コアさんの返事は、短かった。
短くて、迷いがなかった。
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